3.そして黒***

「肉まんとお茶だけど…」


ベンチに並んでビニール袋から肉まんとお茶を取り出し進め、自分の分を膝の上に。

躊躇っているので、新は先に口を付けた。


「あっつ、熱い…」


美味しいんで、どうぞ。

口をもごもごさせて見せる。

それでも手を出してくれない。

あんなに素直に頷いてくれたのに。

新はじれったくなって、


「冷めると、あれですよ…」


まずくなるから、を言い淀む。

頼むから手にして欲しい。

そして黒いのは視線を落とし二つのそれらを眺めるだけ。


「不味くなるって…」


だから。

ことが先に進まない。

握り締めた肉まんが湯気を切らして温もりを失速させていく。


「嫌い、だったり?」


それには首をゆるゆる横に振る。

じゃあ、なんで。

と言えなかった。


「やっぱり、俺…怖い?」


吐き気がしてきた。

なんて質問を吐いたのか。

なのに、黒いのは無反応で、肉まんとお茶を凝視していた。聞こえていないふりを、しているようで。

沈黙して咀嚼も止めて。

黒いのの出方を新は、待った。

肉まんから暖かみが抜け、真冬に野外で口にするような温度ではなくなってしまった。

それでも黒いのはお茶にも肉まんにも、手を伸ばさない。

食べて、くれない。

同情だとは思ってないはずだ。

きっとそう思う心が黒いのにはないはずだ。

だったら?

だったら。

やっぱり、嫌われているのだと。

怖がられているのだ。

そう考えただけで、鼻が痛い。

苦しい。胸がつきつきする。

能面を外してしまうのが嫌なのかもしれない。

猫舌なのかもしれない。

でもこの躊躇いは、前者後者を凌駕している。

単に同意してみたものの、自分はいらないと言うような。完全なる拒絶。ささやかに滲み出る恐怖。

黒いのの人の良さが、ベンチにまで来させてしまったわけで。本当は否定で一杯だったのだ。

死体を蹴り上げる男に素直に付いていく子供なんて、気味が悪いに決まっている。

なんで、大丈夫なんて思ったんだろう。

新は肩を落とし、大口で手にしていたものを食い散らかした。

結局本当の所、浮浪者にも分かってしまうほど。

自分は、以下な存在なのだ。

浮浪者以下、なんだ。

嫌がられるほどの、以下。

以下が、これ以上できるこは立ち去ることだ。

肉まんを無理矢理胃袋に押し込んで、新は立ち上がった。


「それ、食べなくていいですよ」


食べない方が身のためだ。

胸焼けが襲ってくるが知ったことではない。


「あんたら浮浪者は、ゴミ漁って、ゴミ拾って、ゴミみたいに生きて」


言い過ぎだと、思ってくれれば良い。


「でも、俺はゴミ以下だ」


視線は公園入り口に立つ街頭。

憎々しく睨みつけるのは自分宛。


「それ食わなくて正解だよ、だってゴミ以下の金で買ったんだもん」


一昨日のやりとりが夢でこれが現実。

喉元に胃液が迫り上がって来たが無視する。

一目散に公園の出口に向かう。

名残惜しい、悔しい、惨めだ。

でも、できることはこれだで。

鼻が痛くて泣きそうになった。


尻のポケットで携帯が唸る。

お得様からの電話だった。


「日秋さん?」


曖昧な感情で応じると、


『新くーん、いつものとこで№37くださいなー』


電話越しでも分かるほど脳天気なオーダーが入る。


「はいはい」


『はいはひとつ。じゃ』


電話を切られる音は耳に不愉快だがら、新は最後まで耳に携帯電話を押しつけた。

愉快で不快。

あらゆる感情を次々殺して、新は地下鉄に向かった。

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