4.ただ黒*

日秋は客の中でも一番の変わり者だった。

最初はぱぱからの指示で取引場所に赴いていたが、いつの間にか新の携帯電話に直接掛けてくるようになっていた。

教えたはずないんすけど、と小言を零すと。

返事は、俺は神様だから良いの、だ。

その上取引場所はいつも臨海副都心の一角にある公園の脇。

しかも白塗りの祠の前。

しかも大体その祠に腰を掛けている。

罰当たりますよと嫌味を吐くと。

やはり返事は神様だもの、だった。

自称神様の、日秋。

つねに着物姿で二十代半ばの白髪で、世の中を心底楽しんでいるような雰囲気を醸し出している。

顔の作りは確かに良いが、とても神様とは思えないふざけた顔ばかりする。

しかも神様のくせにお薬を買う。

携帯電話だって持っている。憎めないのは神様だからなのか。

複雑な対応しか新にはできない。

気持ち悪いような嫌いになれないような。

落ち葉で敷き詰められた林に進入すると、白い一角がある。不思議と夜になっても明かりもないのにそこだけ明るく、白い祠が社会の片隅にぽつりと鎮座していた。その上に、


「日秋さん」


「お、新くん」


時代錯誤な着物姿の日秋が、いつも通り座っていた。

今日は白に梅の柄が入った着物だ。

しかも胸元を着崩している。

毎回着ているものが違う。

おされだよ、と日秋は言うが。

神におしゃれが必要なのか。

新には理解できない。

神だとも思っていないが。


「はい、どーぞ」


いつも通りの体裁なので、新は別段戸惑う事もせず鞄からケースを取り出し日秋に渡した。

日秋は苦労を知らない手でそれを受け取ると、


「毎度毎度悪いね」


微笑んで札束を投げて寄こした。

いつもどおり、倍額。

変わっているのは何も容姿や発言だけではない。

新のお小遣いにと、お薬を倍額で買っているのだ。

もちろん新はそれを甘んじて受け取っている。

なくては困るし、あって困ることはないからだ。

気持ち悪いのか嫌いになれないのか、本当に複雑にさせる男だ。


「毎回思うんですけど、何に使うんですか?」


愛想で聞けば、


「ナニって、たのしーことだよー、やだねー」


餓鬼扱いに俗物的な発言。

神と思えない。


「あ、そうそう」


思いついたように日秋が祠から地面に足を下ろす。

ご光臨、とばかりに落ち葉が舞い上がった。

新は売り上げを自分の分だけ抜いて専用の封筒にしまっていて、それを見逃していた。

見逃さなくても、はいはいと受け流していただろうが。


「あれはね、俺と同じ」


どこかうきうきした様子で、日秋が新に近寄る。

背丈はほぼ同じ。性質は真反対。


「俺は神様だよ?」


「つくもがみ、ですね」


耳にたこができるほど、口を開けばそればかり。


「そうそう、新くん博学」


「…」


「冷たーい」


けらりと笑って後ろ手に刀をひっつかむ日秋。

自称神様はその刀の守り神だと言い張る。

銃刀法違反じゃないのかと新はいつも思っていた。


「でね、あれは応報って言うんだ」


そうして神様は託宣をのたわまる。


「あれはね、腐敗に苦しんでる」


ずずいと、日秋の赤い目が迫ってくる。

天然の色合いに新は思わず竦んでしまう。


「神のなりそこない」


続く続くのたわまり。


「忌まわれ神」


日秋はまるで歌うように呟いた。


「あれは応報忌まわれ神。神のなりそこない。できそこない」


「…なに歌ってんすか」


意味不明な展開に新は後ずさりする。

ここまで変わり者だったとは。

あなどれないこの自称神様。


「そっか…」


「自己完結しないでください」


つまらなさそうに唇を付きだし、


「分かるさ、すぐに、でも」


「はぁ?」


「じゃ、新くんまたねー」


けらりとまた笑って背中を見せる。

後ろ手に刀を携えて。

帰っても、良さそうだ。

後味は普段の数倍悪いけれど。

これは日秋に与えられた逃げ場だ。

帰れなのか逃げろなのか。

どちらでも構わなかったが、新は踵を返し林を抜けた。

新が居なくなり、辺りは風に凪ぐ木々の音に包まれた。

日秋はタイミングを計るように、刀を肩に担いだ。

のんびりしつつ、威圧的に。

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