1.その黒***
「って不謹慎か…笑える状況じゃないですよね」
その黒の仕草があまりに可笑しくて新は笑っていたら、ふと地面にあるもののことを思い出した。
白い子猫が息絶えている。
小さな腹には新が手向けたピンクの花。
新はしゃがみ込み直し、改めて両手を合わせた。
それにならい横の黒い手を合わされる。
「笑って、なんかすんません」
申し訳ないと心から謝罪すれば、その黒は両手を大きく横に振る。気にしなくて良い、そう言うように。
なにかしらの理由で言葉を失っているのだと、新は瞬時に理解した。
そしてそれを追求してはいけないのだとも。
新は気を取り直してその黒を見た。
知っている夜より深い闇色のマントが、夜風ではためいていた。
新はそれをなんとはなしに眺め、影に触るように手を伸ばした。
「あ、意外と手触りが良い」
黒い布を掴んで新はそれをしげしげと眺める。
街頭が少ししか届いていないせいか、生地の縫い目はまったく見えない。
「これ、特注なんですね」
しかも伸びるんだ、と呟いてその黒に笑いかける。
躊躇いもくそも新には浮かばなかった。
ただ接触の糸口になればと掴んでいた。
浮浪者だろうと口が聞けなかろうと新には関係ない。
ましてや噂のなんでも腐らせる怪しい怪人だとしても。
傍を離れがたい感情が芽生えているのだから、関係ないのだ。
「あ、いきなり触ってすんません」
平謝りの返答は激しい横振りの両手。
思わず声を出して笑うと、その黒は表情のない面にどこか安堵を浮かべ、こくりこくりと頷いてくれた。
「それって仮面なんすか?」
安心感から口調が自然と悪くなった。
けれどその黒は快く頷いてくれる。
「…鉄?」
顔を寄せて腐葉土色に目を凝らす。
返事は小さな首の横振り。
「木だ」
色から想定してみても、やはり答えは変わらない。
なんの考えもなく手を伸ばすと、黒がびくりと身を震わせる。仮面のお触りは禁止のようだ。
「謎の物質っすね」
その反応は見なかったことにして含み笑い。
黒は素直に縦返事をしてくれた。
「あはは」
指先を黒のマントで暖め、くだらないやりとりで馬鹿みたいに笑う。
啖呵切って所持金3円だというのに、この充足感はなんなのだろうか。
寒さだって身体から吹き飛んで、胸の内は楽しくて仕方がない。
どうすればもっと一緒に居られるのか。打算で目の前がパステルカラーに見えてきた。
あり得ないのに。
「えっとじゃあ」
次の台詞をその黒はきちんと待ってくれている。
「この子」
死んでしまった猫を見つめ、新は一緒に埋めてあげますか、そう言おうとした。
きっと大きく頷いてくれるだろう。
新はそう思った。
所持金3円が今更ながら痛い。
一息入れるお茶とか買えない、でも電子マネーがあったか、携帯に確か残っていたか。
打算が脳内を駆けめぐって、口は一緒のいの形を成した。
「しーんちゃーんみっけーっもー銀座さんちょー探したし」
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