3.そして黒*

№とはお薬の種類。

単価は一枚からだよ、新くん。


ぱぱの教えをなぜか思い出し、キーでロッカーを開けた。

中には板ガムほどの大きさの白いケースが、№を振られて何枚も詰め込まれていた。

在庫は上場、補充の報告は必要なさそうだ。

新は通学用鞄に、無造作にケースをしまい込んだ。

後はぱぱからの指示通りにするだけ。

お薬の売り方は、至極簡単。

買い手がぱぱに欲しい№とあらかじめ決めてある取引場所日時を告げる。

ぱぱはそれを新にメールで伝える。

新はメールの指示通り№を取引場所に運び、お薬を売る。

そのお薬を買いにくるのは老若男女様々で。

今人気なのは№44と№66。単価は一枚から№によって一万円から高くて五万円。

それがどうというわけでもなく。それが新に与えられた仕事で。

お薬を売りさばいて一割もらうことが報酬で。

中学に上がった時からの、当然の仕事で。

高校二年ともなれば深夜まで売りさばくのが当たり前で。

怖い仕事だと思ったことは一度だってなかった。

確かにここ最近は取締が厳しく、暴力的な客もいる。

けれどそれが恐怖に繋がったりはしない。

ただ、

それが麻薬なのか。

簡単なドラッグなのか。

非合法な性欲剤なのか。

睡眠薬なのか。

毒薬なのか。

新は、知らない。

№しか、知らない。

知らないからといって罰にならないはずがない。

いつかそれなりの罰を受けると。

それでも怖いと思ったことは一度だってない。

深夜二時の冷風が、新の身体の中心を貫いていく。

№32ご愛好様の取引が粛々と終わった。

新は休憩をするため、漫画喫茶に向かおうとした。

いい加減寒さに身が凍えだしたし、腹も空いてきた。

そんな矢先尻のポケットで携帯が鳴る。


2丁目の朝日通り3時№44三枚


ぱぱからお仕事のメールが来た。

漫画喫茶に寄っている暇はなさそうだ。

新はもう白くならない息を吐いて、取引場所に向かった。

自分がなにを売りさばいてるのかも知らずに。

恐怖も感じず。

罰になるとも知っていて。

それでも抵抗しないのは。

抵抗する、理由が見つけられないから。

そして、見捨てることがどうしもできなくて、泣きたいのに泣けないから。

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