2話
動けないシンザをよそに、白い塊から生まれたそれは、小さな、小さな、人形サイズの、手を持ち頭を持ち背中を持ち翅を持ち、昆虫のような脚を持っていた。
いうなれば蟲人間だ。
ずりずり、遅々と脚を動かしシンザの方へ向かってくる。
目は見えない。
顔は見えない。
匍匐前進する人のように地面に顔を向けているからだ。
けれど真っすぐ向かってくる。
シンザは通路に張り付いた足をひっぺはがそうともがいた。
けれど動かない。
動かない間にも蟲人間はシンザの元へ向かってくる。
なんだかまずい。
というか気持ち悪い。
逃げないと逃げたい逃げろ。
シンザは懸命に足を動かそうとした。
「あ…」
ついぞ蟲人間がシンザの履きつぶしつつあるスニーカーに手を掛けた。
登られる。
まずいまずいまずい。
抵抗しようと思う前に、シンザは立ち眩み後ろに倒れた。
後頭部を通路に強打して意識を失ってしまったらどうなるのだろうか。
そう思ったシンザの背中を支えるものがあった。
痛みはない。
でもちょっと固い。
そのくせ暖かい。
なんだろうと思った隙に、誰かの足が蟲人間を蹴った。
放物線を描き、蟲人間が通路に落ちた。
べしゃって聞こえた。
それでも生きているようで、また蠢いて遅々とこちらへやってくる。
「はよう」
「…おは、よう…」
蟲人間を蹴ったその人は、シンザを後ろから抱きしめ、額に口づけをしながら笑った。
驚くほど呑気そうな面構えだった。
けれどシンザはほっとして、受け止めてくれた胸板に身を委ねた。
「シンザ、あれなに?」
「しるかよ…」
ふうんと呟きゴウガイは、シンザの頭部に顎を乗せた。
これはゴウガイお気に入りの態勢だ。
そんなやりとりの間に蟲人間は二人の足元にたどり着いていた。
そして再びシンザの靴に手を伸ばす。
ぐちゃ
ゴウガイがそれを平然と踏みつぶした。
裸足だってのに、平然とだ。
緑色の何かが、ゴウガイの足の下から滲み出た。
「ごうがい…」
シンザは倒れかけた。
けれどゴウガイはそれを抱きとめた。
「大丈夫だよ」
優しく囁き口づけしてくる。
目の合ったゴウガイの瞳はいつも通り白目と黒目が反転していた。
見る人見れば不安になる、シンザにとっては安定剤になる瞳だ。
「あれ、潰さなとな」
「え?」
何度か口づけをしてもらって、落ち着きを取り戻したシンザは、ゴウガイが指さす方へ視線を向けた。
とある店の前に置いてある透明なゴミ袋に、白い塊がたくさん詰まっていた。
そして蠢いていた。
つまりはあれは。
「たまご…?」
「そうだろうね」
ゴウガイはシンザの手を引きゴミ袋に歩み寄る。
本当は近づきたくないシンザであったが、ゴウガイと離れたくないので素直に従った。
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