朝番シンザは緩衝材に恐れをなした

狐照

1話

いわゆる緩衝材だと最初は思った。

輸送する際に外部からの衝撃から商品を守るために存在する緩衝材だと。


ここはとある雑居ビル。

わりと大きなビルだ。

7階建て大体の延床面積56,000m2。

小さな店舗をその中で構えるに都合が良しな、駅前家賃安建造物だ。

シンザはこのビルに入っている喫茶店で働いていた。

もう十年にもなる。

本当は転職も考えていた。

けれどとある理由からそれが出来ないでいた。


建造物は築60年。

恐ろしいほどの耐震構造を誇っており不動の建造物と言われている。

耐火というか防火というか、絶対燃えない物ばかりで作られててヤバイ。


害虫は少ない。

噂では害虫を食う四つ足の何かが棲んでいる。

その四つ足は害虫と鼠も狩って生きている…。

あくまで噂だと、関係者以外は鼻で笑ってる。

けど、ここで働いてると噂は大体真実だ。

なにせシンザは、何度もその四つ足を目撃しているのである。

猫ほどの大きさの、恐ろしいほど素早い四つ足だった。

四つ足だった、と断言できないのがちょっと不気味なくらい、素早い何かだった。

喫茶店で働く者としては、好意的に思っているが正体は不明なのが今でも怖い。


怖いと言えば、開かずの地下と行き詰まりの階段が存在している。

地下はボイラー室のなごりらしいが、行き詰まりの階段はかな不気味だ。

夜な夜なそこから男が降りてきては、シャッター降りたビル内を徘徊するとかなんとか。

監視カメラに影が映るとかなんとか。


と、まぁ、怖い不気味なものだらけだが、それでも建造物は愛されていた。

個性的な店舗が軒を連ね、落ち着ける喫茶店が存在する古き良き時代の名残そのままの建造物。


今日も今日とて朝番なシンザは、まだどこも開いていないシャッターだらけの通路で、それを見つけた。


だから緩衝材だと思った。

昔の玩具を扱う店が出来たから、その店の梱包材が落ちているのだと。

けれど、と足を止めた。

ぽつんと通路に落ちた白い塊。

確か夜中に一回清掃が入るはずだ。

そうだ、うん、そうだ。

十年も務めれば、ビルの管理業務がどのような時間割なのかも分かるもの。

掃除し忘れた?

いや、このビルの清掃は恐ろしいほど完璧だ。

トイレとか古びているのにいつも綺麗だありがたい。


じゃあ、あれはなんだ?


シンザの働く喫茶店より早く開店する店の仕業?

でも人気はない。

なんだろう。

なぜ、これ以上足を踏み出せないのだろう。

シンザは、あの害虫を食うと噂された四つ足を見かけた時のことを思い出していた。

後退、しかけた。

すると、白い塊が蠢いた。

思わず目を見張り息を呑み立ちすくむ。

もぞりもぞもぞ。

白い塊蠢いて、何かが中から生まれたよ。

シンザは小さく口を開け、足を動かそうとした。

けれど動かなかった。

こういう時身体は夢の中のようにコントロールできないものだ。

あの四つ足の件の時もそうだった。

動けなかった。

動けない!

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