第3話 死の宣告をするのは医者か閻魔(葬儀屋)か

すると、年配の看護婦は慌てて受話器を取ると誰かと話をし始めたのが見えたのですが、その時、地下に通じる階段を、黒いスーツに地味なネクタイ姿の中年男性が、キョロキョロしながら手すりに手をかけゆっくりと上ってくるのが、私の怒りの目に入りました。

すかさず、私は叫びました。

「オイ、葬儀屋 !」

「まだお前の出る幕ではないぞ !」と。

その途端、びっくりしたかのように、葬儀屋(に間違いない男)は一瞬、肩をすくめると、すごすご地下へ戻っていきました。

(その数年前に東京で禅寺の住職をしていた頃、ある葬儀屋から、大きな救急病院の地下に地元の葬儀屋数社が持ち回りで24時間待機し、医者というか看護婦から連絡があると、すぐに商売を始める体勢を取っているという話を聞いていたので、男が地下から現われた時、すぐに葬儀屋だとわかったのですが、人間、どんな経験が役に立つ?ものやら。)

親父はといえば、もはや、うめき声も出ないほどに、この寒い晩に汗びっしょりで苦悶の表情で痛みと闘っています。

裁判云々は後にして、とりあえず目の前の問題を解決しなければなりません。

私は妻に車の鍵を渡し、エンジンをかけて車の扉を開けておくよう指示し、親父を一人で抱きかかえて連れ出そうとしました。

するとその時、例の看護婦長が「先生がお見えになりました !」と、私たちに向かって叫びます。

まるで、インド大魔術のようにして、忽然として出現した(白衣を着た)医者は、看護婦たちに医療ベッドへ患者(親父)へ移動するなどの指示をしています。

私は思わず「ホー、この病院内には医者がいない、と仰っていたにもかかわらず、3分もしない内にお医者様が現われるとは、どういうことなんでしょう ?」と、歓心(感心)して声を上げました。

すると医者は「はぁ、私の家が病院のすぐ近くにあるものですから」なんて(間抜けな)応対の弁。

まあ、医者が来てそれなりの処置をしてくれれば、当方としては何も疑義を質すべくもありません。

結局、10分足らずの内に、親父は「でかい浣腸一発」で息を吹き返し(元気になり)、「念のため、その晩は入院」ということに。で、私たち3人は取り敢えず安心して帰路につきました。


<続く>



2023年8月28日

V.1.1

平栗雅人

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る