第2話 病気で死ぬのか、病院で死ぬのか
深夜ですから、踏切も楽に越し、ガラガラの道をひた走り、「救急外来」と灯りのついた大きな建物に到着、妻と妹が父を両脇に抱え、私が玄関の扉を押し、待合室の長椅子までたどり着くのに、十字路から10分とかかりませんでした。
ところが、玄関の灯りで見る親父の顔は土気色(土色を帯びた色)で、いわゆる死相(死に近づいた顔つき)です。私は、中学時代に仲間の一人が蹴りを食らって内臓破裂、死にかけた時の彼の顔(色)を思い出しました。
受付横の事務室(?)には、数人の看護婦さんがいたので、好都合とばかりに手短に事情を説明し、宜しくお願いしますと頭を下げました。こちらとしては、大きな(救急)病院に来ればもう安心、という安堵感で、私は玄関の車止めに停めた車を駐車場へ移動させようと、のんびりと歩き始めました。
すると、事務室の奥にいる婦長さんのような、年配の(ちょっと偉い感じの)看護婦さんが、「いま、病院に先生がいらっしゃらないんですよ。」と言うのが聞こえました。
妻と妹は苦悶にあえぐ父を見てオロオロするばかり。「やっぱり、徳洲会へ行こうか」なんて、のんきなことを話している。しかし(死相を見て)もはや一刻の猶予もないことがわかっている私は、その時、大学日本拳法的なる真剣勝負の心へ、ドラスチック(過激)に変心しました。
まるで、無地の花札がひっくり返り、イノシシや蝶の艶やかな色合いに変わるように、それまでの地味で温厚な趣(おもむき)が、一気に大学日本拳法時代の殴り合い(真剣勝負)の心に、ガラリと変化したのです。
「なんだと !」
「救急外来の看板を掲げておきながら、医者がいないとは何ごとだ !」
「おい、もし親父が他の病院へ搬送される途中で死んだりしたら、あんたら看護婦と医者は医療業務を怠った罪、病院はあんたら看護婦への監督不行き届きの罪で、裁判所に訴えるぞ !」と(いつもの)大声でがなり立てました。
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こういう「真剣勝負の心」とは、やはり「本気で、思いっきりぶん殴る」大学日本拳法由来のものだと思います。野球やサッカー、或いは柔剣道にしても、大学日本拳法における「殺し合い」的なる気迫には及ばない。
もちろん、柔道では骨折や捻挫といった大けがの危険はありますが、「ぶっ○す」という迄の激しい闘争心を3分間燃焼させることはないでしょう。あくまで技術と力、運動神経で「ポイントを取る」「有利に試合を進める」というジェントルなスポーツなのですから。 そして、そういう穏健な思想をベースにしているが故に、現在見るように、オリンピックを含む世界的な競技になったのです。
(明治時代、ジェントルな柔道に逐われたワイルドな柔術がブラジルへ渡り、当時の日本以上にワイルド(殺し合いは日常茶飯事の危険な国情)な彼の地で、ブラジリアン柔術として復活したのは、全く以て理に適ったことだったのです。)
少なくとも、40年前に私が一年生として在籍した大学における日本拳法のような「殺し合い」を根本思想にした武道(と呼べるのか)とは、日本の柔剣道や(スポーツ)空手とは違います。肉体的な機能や能力面の鍛え方は同じとしても、真剣に・本当に・思いっきり相手をぶん殴り、蹴り、投げるといった超ワイルド(野蛮)な大学日本拳法の戦いとは、これを通じてその人の人間性を変える(その人間本来の位置へ戻してくれる)。少なくとも、私のような純真な心を持った人間には「殺し合いの真剣勝負」という考え方が、き○がい染みた練習のキツサにもかかわらず、すんなりと、精神として入り込んだのだと思います。
50年前の関東で、自衛隊に日本拳法が急速に広まったというのは、森良之介という関西から来た日本拳法の権威による、地道な(布教的)努力があったことが第一義であったのは間違いありません。
一方で、柔剣道や空手、ボクシングといった各種格闘技がくさるほどありながら、敢えて日本拳法という格闘技・術を導入した側(自衛隊の幹部)にとっては、野性味をなくした飼い犬的な柔剣道や空手で失われた「形而上面における強さ」に大きな期待を抱いていたであろうことも間違いない。
日本拳法における「死に物狂い」という、戦いの哲学から生まれる、
○ 次元の重厚さと、
○「何でもあり」という多様な位相の運用能力に、
軍人としての戦闘能力以上に(無意識ではあるにせよ)惹起されたからに他ならないのです。
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