9.月隠る大晦日*****
心があって良かった。
造られて良かった。
あの夫婦に感謝を。
いやあれを親と素直に認めよう。
壊れていたが遺伝子上血は繋がっていた。
けれど今まで製造者としか思いたくなかった。
残酷な生き物を我が子と造る、その思考が理解出来なかった。
でも今は感謝しよう。
心ある生き物に造ってもらえたことを。
心がなかったら、末棄を想えなかった。
体がなかったらこんな風に抱き絞められることも、抱き絞め返すこともできなかった。
けして力強くはない抱擁。
伝わって来る想い。
抱き絞め返すことで返答をしつづけている。
感情の交換。
心地よい、これは心地よい。
自由を選んで良かった。
次撫子に会ったら、礼を言わねばならない。
そんな時、くしゅん、末棄がくしゃみをした。
「…帰るか、酷」
鼻をすすりながら、少年のような瞳で大人の抱擁をくれる末棄。
酷はどこか解放された末棄の新たな一面に見とれた。
けれど末棄は立ち上がってしまい、早く立てと手を差し出される。
その手を取りながら、酷は抱擁に名残惜しさを感じあることを思いついた。
末棄をもっと感じられ、疲れた末棄を守れる方法だ。
立ち上がるや否や酷は、雪の中蠢いて冷えて濡れて汚れた末棄の体を掬い上げ、お姫様だっこ。
「…え、な…どこで覚えた…の?」
状況に戸惑う末棄に、酷は胸を張って自慢げに答える。
「…末棄が知らないだけで、俺は色々、見てる」
そして知っている。
想いが伝わったもの同士がすることも。
そう意味を込めて言ったはずが、末棄はえらいえらいと子を褒める親のように微笑み、
「…そっか、じゃあ色々教えないとなぁ」
酷の知性に喜んでいた。
何か、どこか自由になった。
自分だけではなく末棄も。
酷はそう感じていた。
酷はまあいいかと、末棄を抱き直し歩き出す。
目指すは末棄が予約しておいた近くのホテル。
距離はそう遠くないが、酷の足取りはやや遅い。
一日中末棄を探していたと呟くと「お前すごいな」と、末棄が笑ってよしよし。
雪は降り、年も明けつつ僅かな会話。
「俺な荷物を開けた時から酷が好きだった」
「…一目惚れ、俺もそうだった…」
「そうだったんだ…って良く、一目惚れなんて知ってるなお前」
「…時々後ろから新聞を盗み読んでいた…」
「首藤より賢いな」
「…当然だ」
漏れる吐息は今だ白く。
「でも、強化人間を愛するのは、叔父さんと同じだろ」
「…末棄は末期とは違う」
そうだけど、と末棄は苦笑し、
「甘い物が好きで可愛くて格好良くて俺だけの酷で…この感情は愛とか恋とかじゃないって…心ない生き物に想い寄せるのが、怖かった」
「…俺は末棄を愛してる」
「ん、そうだったんだよな…うん」
ありがとうと時々キス、妖艶と呼ぶには早い冬の夜道すれ違う人も獣もない二人だけの月隠る大晦日。
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