9.月隠る大晦日****
ゆっくり離れたその先の唇が僅かに開いて、もう一度したくなった。
欲望に忠実に、もう一度口づけ今度は末棄の瞳を見つめる。
虚ろだった瞳に光が宿り、酷という正体を見定めようとする。
末棄は信じられないと、首を振った。
「…俺のこと、好きだったのか?」
それは自信のない独り言のよう。
けれど酷は末棄を見つめはっきりと、
「ずっと前から、今も」
「…契約したから…だろ?」
「末棄が契約しなくても、俺は末棄がいい」
「…でも…」
キスをした。
答えた。
それでもまだ伝わらない。
酷は、下唇を咬み、
「末棄にはいつでも美しく居て欲しい。輝いて欲しい。それを傍で見たい。そのためだったらなんでもする。末棄の輝く。これは…この守りたい感情は…」
半ば怒鳴りつけるように、伝われと願う。
目を背け続けた。
そう想いいたる前に、その想いを殺戮しつづけた。
車内で見上げる。
頭を撫でられる。
ココアを渡される。
寝所に入る。
仕事に追われる姿を見つめる。
誰も信用しない。
鳥の話をする。
末棄の一挙一同すべてに。
酷はいつでも助けたい何かしたい何か言いたい救いたい。
それらすべてを殺してきた。
けれどいまはもう自由。
想っていい。
何と想われていようとも。
「誰が末棄が否定しようとも。末棄にどう思われていてもいい。嫌われているのは分かっている。なんと言われようとも構わない。俺は末棄を愛している」
そう、愛していた。
ずっと、ずっと前から。
一目見たときから。
自分の生まれに苦しむ、心優しい、渡り鳥が好きな、タンブラーを集める収集家。
きつい言葉も。
愛想笑いも。
項垂れた姿も。
呆れた顔も。
怒りに震える時も。
空腹時に何かを口にした表情も。
全部、すべて。
忘れず覚えていた。
見つめていた。
影の中から。
誰よりも傍で。
愛していた。
怒りにも似た感情を込め酷はそれきり、語る言葉を無くしてしまった。
言いたいことは言った。
後はもう、末棄を守るだけ。
そして末棄を守る生き物は、心ある末棄を愛していると伝わればそれでいい。
末棄は、大きな涙を目の両端からこぼし、鼻を真っ赤にさせながら、
「…ならもう…どこにも…誰にも…やらない…お前は俺のだ……酷、俺も愛してるよ…」
酷が好きな笑みを浮かべ、末棄は酷にキスをした。
そんな答えが返ってくるなんて考えてなかった酷は一瞬で赤面した。
耳に脳に胸に残る、愛していると言う言葉。
言うのは簡単だが聞くのは心臓に容易ではない。
それに本当か?と疑ってしまいたくなるのは何故なのか。
自分は認めさせたのに、認めにくいものなのか。
顔を赤くし縋るように見つめられた末棄は、
「そっか…お前…顔赤くなったりすんだな…可愛いな」
よしよしと頭を撫でる。
それに重なる生き物を思い出し、酷は確認とばかりに、
「…愛玩動物レベルでか?」
愛しているの、真意を測る。
末棄は泣きはらした顔でやれやれ。
「…人として、だよ」
呆れつつ撫でつつ笑う。
「嫌か?」
「嫌じゃない愛してる」
酷の即答にふふと、末棄が本当に嬉しい時に零す殺すような笑い声。
そうして酷を抱き絞めた。
酷の方がやや体躯は良いが、その全身黒づくめはされるがまま抱き寄せられ、そっと両腕で背中を守ろうとする。
酷はもう、何も言葉にすることができない。
何も考えることができない。
この抱擁に、酷は名前をつけることもできなかった。
けれど愛されていることが、背中を頬を撫でる末棄の手から、鼓動から体温から体臭から。
酷の心に染み渡る。
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