9.月隠る大晦日***

末棄は蹲りながら酷を見上げ、泣きじゃくり狂ったように取り乱す。

それは恐怖に引きつる、今まで酷が始末した生き物と同じ顔。


「違う俺は末期じゃない違う、違う、こんなのは違う。これは幻だ酷がここにいる訳がない」


吐き気を覚えたのか、末棄が口元を抑えた。

けれど恐怖が勝るのか、嘆き叫びが止まらない。


「俺は魂のないものをっ違うそんなのは末期だ嫌だ嫌だっ」


髪を掻きむしり首を振り全身全霊で、否定する。


「酷…俺は…所詮…末期なのか…?末期か?…くそったれっ」


うああ、嘆いた後に、


「俺は違う、違う、なんで、なんでだよ…」


これは、自暴自棄だ。

末棄は末期に生まれた時から、歳老いるごとに酷似。

思考まで似てはならないと、超教育躾をされ変若水の忠犬のように育てられてきた。

生んだ母親はその恐怖に耐えかね精神を煩い、彼女を支える為に造られた永久幼児素甘。

首藤は甘やかされもてはやされ、ただの碌でなし。

すべてが末棄の所為と、変若水が重圧。

世継ぎは間違いないよう、優良遺伝子を用いて強化人間に出産させる。

それもこれも、末棄の所為と言わんばかり。

酷は嫌悪を覚える。

変若水に。

末棄自身、世紀末の廃棄物と言う意味で付けられた己を名を嫌うと共に、変若水も末期も心底嫌っていた。

その嫌ったものに似ていく恐怖。

その恐怖に、末棄は今怯え苦しんでいる。

胸に、銃弾を撃たれた衝撃と痛みは、果たして末棄が今襲われているものと同等なのか。

酷はそんな末棄の背にそっと触れた。


「…泣くな…末棄…嫌なもの全部俺が殺す…」


冷えて濡れた背中。

末棄は狂いの果てに見る幻ではなく、本当に酷がここにいるだと、触れられて理解しますます強張る。

酷は正気ではない末棄に言葉が伝わるのか分からなかった。


「俺が、お前を、嫌なものすべてから守る」


「嘘だ、お前は、俺なんか、本当は、好きじゃない興味ないどうでもいい、お前は心ない強化人間だ。そうだろっ」


厳しい拒絶。

そう思うのは、強化人間としてただ守ることに執着しているからだ。

末棄はそう思って、絶望の涙。

けれど、今の酷には末棄の思い考えなど二の次だった。

自分のことを、心を、想いを、末棄に知って欲しかった。

酷は末棄の冷たい頬に右手を添え、そっと口づけをした。

氷のような唇だったが、胸に炎の塊を押しつけられたのかと思うほど、熱さを覚える。

これは伝えるためのキスだった。

言葉ではきっと信用されない。

元々言葉の少ない自分ではきっと分かってもらえない。

今更言葉を使ったところで、伝わるはずがない。

この真意が。

だから酷は、キスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る