7.乃東生ず日**

撫子と末棄を一日同じ部屋に置いても、自分が居なくとも問題ないと思うほどに。

多い睫の奥にある不安そうな瞳。

その動作も思考も強化人間とは思えない。

まるで人間の赤ん坊のようなものに似ている。

酷はそう感じ、


「…お前は、無害だな」


答えが返ってきたことに撫子は破顔し、両手を合わせ嬉しそうにはい、と良い返事。


「そのように造られております。そして人のように赤子から育てられてございまする故」


その行いを想像し、「…強化人間を…赤子…から?」酷は身の毛がよだってしまった。

その事実を知っていて、末棄はあの目をしたのか。

思わず思考してしまい、それを気取られたくなかった酷はすぐ様俯いた。

「わたくしはそれを嫌とは思いませぬ。人道に外れた行いでござりますれば、人は外道と呼びましょう。けれどわたくしはその行程があったが為に、強化人間とは違うものになりました」


撫子は酷の様子に構うことなくおしゃべりを続ける。

寒椿は内容はどうでもよく、酷という危険な生物と撫子様が会話にふんがふんが。


「強化人間、心持たぬ従順な生き物」


その言葉に、酷は、掻いてはいけない冷や汗を背中に感じた。

末棄はまだだろうか。

末棄を守りに行かなければならない敵襲はないだろうか。

酷は、してはならない動揺を。それをどう隠すか殺すか。


「わたくしは無害、そして心があります」


強化人間とは何もかも人工で創られた胎児に特別な強化剤を投与し知能を埋め込みつつ培養液内で育成された者のことを言う。

戦闘タイプ愛玩タイプとあるが、その身体能力は人類を超越。生命力も並ではなく、強化剤の一部にアムリタを投与されているため、そうそう死亡することがない。

歳を老いうこともない。

感情の起伏は個体差であるものの、それは心ない強化人間のあがきでしかない。

すべての強化人間は人でありながら、人ではない。

魂のない心の無い生き物。

人より優れながら人に逆らえない。

維持費の掛かる特別な無心の従者。

しかし、撫子は心があると、言ったその口で。

無害、ではない。

心が、あると。

少なくとも酷にとっては、もう無害ではなくなった。

無表情で撫子を睨む、寒椿がそれを迎撃しようとするが酷の敵ではない。


「…酷様…わたくしは何度も酷様にお会い致しました。そうして今日、確信致しました」


撫子と目が合う、微笑む。

鳥肌が立ってしまう。

逃げ出したい、生まれて始めてそう、酷は思ってしまった。


「酷様、何をお隠しになられているのですか?」

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