7.乃東生ず日*
繁華街のとある一等地に建てられたおちみずグループの本社。
デザインは古風で奥ゆかしく、祖父好みの建築物。
その最上階、社長室で業務をこなしていた末棄の元に、
「首藤様とご連絡が取れないのでございまする」
小柄な黒髪おかっぱに着物、口調はなにやら古風。
その傍らには灰色のストライプが入ったスレンダーなスーツを着こなす寒椿。
一見お嬢様とそのお側役だが、二人はれっきとした変若水特製強化人間。
兄嫁とは聞こえは良いが、首藤との世継ぎを作る為に造られた生物だった。
酷はそんな二人を応接間に通し、接客する末棄の絶望と語る瞳の光量を見てしまった。
まるで紙飛行機が飛ぶこともなく潰されたそれに似て、薄い耳朶に目線を送る。
きつそうな性格丸出しで、女型強化人間寒椿は酷を警戒していた。
首藤末棄と撫子が初対面した時、何も聞かされて居なかった酷が殺気を放つ寒椿の眼を潰したのが原因だ。
それ以来寒椿は酷に敵意剥き出しなのだが、末棄に『彼女は敵じゃない』と言われている酷にとって彼女は路傍の石。
酷はいつも通り、末棄ののど仏を見つめ続けた。
「はぁ…ご懐妊、ですか」
「はい」
お茶を三人分配膳した末棄に、撫子はそんなことを柔和な笑顔に乗せて告げた。
待望の御目出度だ。
性行為のないまま生まれる長男の、第一子だ。
その事実に、末棄の瞳にますます絶望を帯びる。
「それで…首藤様にご連絡ってことですか…俺以外知ってる人って誰ですか?」
僅かに震える指で末棄は携帯電話を上着から取り出す。
先週ようやく買い換えたばかりのスーツはすでにくたびれてはじめていた。
「はい、寒椿、お医者様、お義理父様…でございまする」
「分かりました。…ちょっと連絡してみます」
末棄はそれだけ言って席を立ち、隣室へ向かった。
酷も続こうとしたが、ここで撫子様をお守りしろと命令され、やむを得ず待機。
閉ざされたドアの向こう側、末棄の気配声色に集中する。
末棄曰く、主成分は嫌みの会長秘書の声がした。
また何か嫌みを言われているのか、末棄の覇気のない返事が聞こえた。
「…あの…酷、様?」
末棄が首藤をなんとしても探し出せという真っ黒な声色を、変若水末端どもに吐いてる間も、酷はドアを見つめながら丹念に主の様子をうかがっていた。
それが奇妙に映ったのか、撫子が不安そうに声を掛けた。
「末棄様に、ご迷惑だったでしょうか?」
臙脂色に大きなクチナシの柄が入った着物に身を包んだ撫子。
酷の鼻はしっかり羊水の匂いを感知。
おそよ、同類とは思えないほど、酷にとって撫子は無害だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。