3.金盞香日**

本日も通常業務終了打刻申請済み、だというのに呼び出しが掛かった。

末棄は疲れた体を疲れた両足で引きづりづりづり。

厚い隈などお構いなしの血族の無茶ぶりを、でこなしている。


「だから…てもう古い…す」


「何言って…かっ」


「…なら…さい」


「…なお前…ぞ」


聞こえる罵詈雑言冷静な対応。


酷は、待つ。

それを極める僧侶のように。

背もたれにしている壁には酷が通れる位の四角い穴が開いており、そこから末棄の寝室へ繋がる専用通路に出れるようなっている。


男らしき者と会話終了。

末棄が廊下に出る。

何か、携帯を開いた様子。

画面を見ながら真っ直ぐこちらへ。

階段を上がり上がり、携帯が鳴る。

それに出て「ああはいはい明日の予定な…変更無し以上」会話の内容から鷹宗と推測できる。

末棄は再び画面を眺めながら階段を上がり、寝室と同じ階。

足取りは重い。

今にでも倒れそうな、おぼつかない。

支えるべきレベル。

一歩一歩、踏み出す度重りを科せられる罪人のよう。

末棄を気取る石のようにして何時間も座り込んでいた酷の耳に、ついにドアを開ける音が聞こえた。

ふらふらとした足音途切れ、倒れ込む何かに。

どこからともなく寒気が生じ、足の先から頭のてっぺんまで震え上がった酷は黒い弾丸。

四角い穴へ体を滑らせ狭い通路に影のように躍り出る。

外観のデザイン上必要だった飾り窓から差し込む月明かりを浴びることないまま駆け抜け、ドアのロックを静脈を読み込ませ解除。

酷は、末棄の寝室へ音もなく忍び込んだ。

カーテンも引かず、掃除もしない。

ほこり臭いのに明るい、みっともない寝室は二十畳。

使い込まれた学習机の横に子供用の質素なベッド、双方重厚な埃を被り使い物にならない。

一面赤いカーペット、のはずの床は薄汚れ、本当に人が寝る場所なのかと思わせる。

酷は入って直ぐ右側に置かれたソファに歩み寄る。

ソファには、末棄がうつぶせに寝ていた。

スーツのまま体に何も掛けることなく、安らかな寝息を立てている。

戦い疲れて眠る戦死の寝息を確認し、酷は足元に追いやられていた黒い毛布を末棄に掛けた。

人が眠るには寒い、このままでは体調に不良が生じる、と判断してのこと。

ソファの周囲には末棄の手荷物と見覚えのない厚めの書類。

小さなキャビネットに集めたタンブラーがずらり並び、綺麗掃除されていた。

酷はしゃがみ込んで、末棄を診断した。

寝息は深い。

顔色は悪し。

口臭はややきつめ、消化器系に何らかの障害有り。

唇は乾き頬はやつれ、手は乾燥、皮膚はやや荒れ気味。 時々何か言いたげに口が動き、苦痛でか顔が歪む。

外傷は無し、手を出されていないことは確か。

聞いていた限り長時間の口論で、内面の消耗が激しかったと判断するに至った。


酷は、やはり黙ってついて回るべきではないかと。

思い至りて息を吐く。

野球場二個分の屋敷のセキュリティ面が万全は理解把握済み。

外装は古い洋館だが、セキュリティは超最新。

そんな屋敷内で強化人間を連れ回すことは、反発のつもりかこの餓鬼ぁになりかねない。

そう言われている、それは知っている分かっている。

それでも、酷の中心は末棄であり。

なにかあってからでは遅く。

つかず離れずは。

わ、として酷は思考を取りやめる。

囲いを作る有刺鉄線ぐるぐるまきまき。

押さえ込んで、カゴの猛禽類。

明日の護衛シュミレーションを機械のように開始する。


何体目かの敵を倒した所で、ふっと末棄の瞼が開いた。

ぼんやり眼で酷の存在を認識し、末棄は歯を見せた。


「…こく…?」


それに首肯で返答。


「…おまえ…ゆめ…中でも…守りに来てくれんのかぁ…」


ありがとな。

末棄は優しく微笑み、おいでと腕の中へ誘う。

寝ぼけているのだろう。

扱いはまるでペットだ。

よくある事だ。

酷は忘我。

すべて忘我。

するりと腕の中へ侵入し、抱き絞められ撫でられされるがまま。

石のように無になりながら、それでも末棄の温もり末棄の鼓動に縋り付き、ベッドで熟睡してしまった金盞香日。

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