3.金盞香日*

世界の中心は末棄。

少なくとも強化人間である酷にはそうだった。

しいんと静まりかえった変若水家屋敷内。

冬の寒さを思い知らせるほど室内は寒く暖房器具はなく。

ただここに居ろ寝ろ待機と無言で命じる強化人間が控える部屋で、真夜中現在。

酷は洋服ダンスとチェストの隙間に膝を抱えて座り込んでいた。

まるでいじけた子供のようだった。


背高優男鷹宗は、いつも通り首藤の夜遊びの警護に付き不在。

部屋のほとんどを締めるソファでは、見た目は狐のような顔の高校生男子なその他右左が人の模倣をするかのように、主に首藤の見よう見まねで性行為まがいのことを繰り広げていた。


強化人間は繁殖能力がない。

性欲というものもない。

身体の感覚も人とまったく異なるため、戦闘特化型タイプのその他右左に快楽が生まれているのかどうか。


酷はまったく気にも留めず、無表情。

酷の頭の中は末棄のことで埋まっていた。

酷はただただ、末棄が寝室に戻るのを待っていた。

屋敷内での末棄の警護は、許されていない。

けれど眠る末棄を守ることは許されている。

屋敷内で末棄の影の中へ潜り込み、つかず離れず傍にいることは何がいけないのか。


勝手につけ回してしまおうか。

命令違反はしない。

強化人間は命令に従順。

強化人間とはそういうもの。

故に酷はひたすら、待つ。待機。ステイ。

それは永遠にも似ていた。

アムリタがもたらす副作用のような気がした。

目の端で強化人間と人とアムリタが手を繋いで踊り狂うシルエットがあちらこちら。

酷を蹂躙せんと。

酷はそれらから自己を切り離すため、意識を集中させる。視線はある一点。

どこか。

あの白い急所はどこか。

あの金木犀に似た香りはどこから漂う?

屋敷の中を耳で鼻で探るその場で。

それこそ永遠に似ていたが、末棄を守るのがの強化人間酷の仕事。

諦めることなく仕事のために、探す探る。

遠い、遠い北の方角でそれを捕らえる。

何か誰かと口論に近い。

怒りか呆れに近い。

これは無事の内に入るのかどうか。

末棄の顔が思い出される。


無造作に伸ばした髪は現在特に前髪が長め。

けれど科学者のような知性溢れる容姿に、よく似合っている。

人としての平均よりやや高めの身長に、薄い肉付きの体。

手は細く伸びやか。

色が白く、唇は形が整い過ぎ首藤に整形した?と言われるほど理想的。

声色は基本優しく心地よく、その色で罵りなじりあざけり嘘をつき商談をおこなう。

物を捕らえる目は切れ長で、二重できりりと。

脳内で完璧な末棄フィギュアを完成させた酷は、それを掴んで投げ捨てた飛距離五十メートル。

無表情で押さえつけ、自己の檻。

再び捕らえ探り続けた。

それに、限る。

極めたる。


「…をして欲し…」


「無理…す」


「出来る…この」


「…なもの…理…」


会話の端々から、無理難題。

末棄は変若水家の優秀な忠犬だ。

そんな末棄の安息場である本家に味方はおらず、あれやこれやと一族は難癖難問。

末棄をすり潰そうとする。

酷使し使い潰そうとする。

ホテルで夜を明かすことが多いのは、これらの所為である。

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