2.地始めて凍る日

丁寧ないらっしゃいませを受け、暖かな店内に入ってすぐ末棄は新作のタンブラーに吸い寄せられた。

ただ足元がおぼつかない。

連日の激務がそうさせていた。


「…渡り鳥シリーズはやっぱりいいな…」


とぶつぶつ一人ごち。

冬の新作タンブラー二種、どちらにしようかと吟味吟味。空腹よりまずそちらが優先の、コレクター。

酷はそんな業種の見えてこない風体の青年、人に気取られることなく傍らで佇み見守っていた。

末棄の後ろ髪はやや癖があり、切る暇もない伸びた襟足からくるりとしたものが、ちょろちょろ蛇の舌。


「鴨…おなががもと…こがも…」


冬の使者、と題された緑と桃色の二色絵柄違いを両手に取って末棄は悩み続ける。


「おなががもの尾…あーでも…こがもの黄色い三角…」


そんな末棄の真剣さに、丁寧な接客が売りの店員も声を掛けようか掛けまいか迷っていた。

見た目整った青年が、タンブラーひとつで独り言をしながら迷う様は確かに正常ではない。

そもそも声を掛けるなど、酷は許さない。

ひとりでゆっくり、選ぶのが末棄の精神にもっとも良い。そう判断してのこと。

それ以上のことはないと蓋を閉じる。

結局声を掛けられることもなく、ひとり悩むこと数十分が立った。

今だ、おなががも、こがも、と連呼する末棄を残し、世界は平穏。

強化人間ともアムリタとも変若水とも関係ない人々が、笑い語らい触れ合っていた。


コーヒー豆の香り高く、エスプレッソマシンが己の仕事をまっとうし続け、店員らが効率的に省略された商品名晩鐘。

酷が二つある出入り口を警戒視直後、末棄がよしっと大きく頷いた。

酷は歩き出したその影に潜み共に移動する。

傍で椅子に座り談笑する男女は、酷の存在に気付くことなくなにやらいちゃこら。

末棄は手にしていたタンブラー両方をレジへ運び「エスプレッソとココア。チョコレートスコーン三つでお願いします」


店員はかしこまりましたと答え「お持ち帰りですか?」「持ち帰りで、スコーンは一つと二つで袋を分けで頂けますか」そろそろ使い潰す寸前の牛革財布から現金払いをした末棄が、先にその袋二つを受け取った。


「酷、これ持ってくれ」


呼ばれればすぐ、急に姿を見せ袋を受け取った酷に、店員が動揺しおつりを渡し損ねた。

それに末棄はすみませんと微笑み、改めて丁寧におつりを受け取った。

しばらくして、末棄が購入を悩んだタンブラー二つが、内容を得て戻って来る。

ありがとうと店員に頭を下げた末棄は、酷が持つ袋一つとタンブラー一つを交換した。

酷が持たされたのは、緑が基調の尾の長い鳥が描かれたもの。

ココアの甘みを酷は嗅ぎ取る。

末棄は満足げに、桃色が基調のお尻に黄色い三角模様の鳥を眺めた。


「…次は本社か…行くぞ酷」


出口が開くと、鋭い風が二人の頬を叩いた。

空はどんより、僅かな湿度を酷は感じた。

末棄は道路脇に止めた車に迷うことなく進む。

酷はいつも通り、辺りを警戒。

どこなくせわしい人の流れは週末を意味していた。

車の外で待機していたその他左にドアを開けさせ、末棄が酷に「似たようなのが、家にあるって思っただろ?」と声を掛ける。

体裁を取り繕うような言い訳のような。

酷は何も言わない答えない。

ただ寝不足のような目で末棄を見つめ返すだけ。


「…いいんだよ、集めてんだから」


変若水家末棄の寝室のとある一角に並べられた、タンブラーの数々頭に思い浮かべ。

酷は与えられたもの口に含むのは命令の内と、定位置にて無我夢中でスコーンを二つココアをちびちび齧って飲んだ。

春告げる鳥まだ囀らない地始めて凍る日。 

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