1.山茶始めて開く日***

大きな轍で車体が揺れる。

あまりに大きかった揺れに、きゃあきゃあと首藤が女学生のごとくはしゃいだ。

その他右はアクセル全開鼻歌を、その他左はいつまでもどこまでも指を噛み咬み、鷹宗は自分を崩すことも改めることもせず末棄にスケジュールに関してしつこく質疑応答。

末棄は鷹宗に「そう、そのままで行くから大丈夫。会合には少し遅れるって連絡済みだから、三十分ずらしといてくれ」彼が納得するよう的確に答えて別件の電話。

表情は硬く怒りそのままの様子。


こんな激務は末棄の体に良くはない。

それ以上に踏み込もうとした酷は、瞼を重くさせ眠たそうな表情をつくり、蹲る中へ内へ。

その縮小に耐えかね、酷は無意識に溜息を吐いていた。

そう何度も。


「酷?」


呼ばれればすぐ、酷は末棄の股の間に顔を出し、座席に顎を乗せ主を見上げた。

生殖器の近くは末棄臭が濃く、探していた金木犀がようやく香った。

末棄は股間付近に酷の真っ黒な頭がやってきたため、逃げるように背もたれ限界身にを引き、


「どうか、したのか?」


その右手では携帯が呻き、左手では端末操作。

その間何か読むことのできる眼を酷に向ける。

怒り光線発射はなく、どうしたら良いものかと目を泳がせている。


「…別に」


「…狭いんなら、後部座席行くか?」


「…別に」


「…」


とりつく島もない会話に、末棄の眉間に僅かな皺が寄る。

しかし助手席を改造したついでに手を加えた、首藤の足元に待機できる広々としたスペースに移動する気など、酷にはさらさらなかった。


末棄は無造作に頭を掻きむしり、今朝方始末した男とは真反対の方向最先端にいる面構えでもって、酷を観察した。

そうしてぽつり、「髪、伸びたな…」言うやそれを確かめるように、酷の身長のわりに小さな頭を一回り大きく見せる黒いもしゃもしゃ頭を、末棄は僅かに指先で触れる。


「…俺も切らないと…つーか、腹減ったな…」


触るか触らないかを彷徨っていた手は、空腹を思い出したことで確定。

柔らかいためか、長毛種を愛でるように、末棄は酷の頭を撫でた。

先ほどの躊躇いが嘘のように、優しく愛で愛で撫で撫で。

撫でながらその他右に、どこか適当に食えそうなとこ探して止めろと命じた声色に棘はなく。

怒りが霧散した優しい触れ方に、酷は目を細めとある愛玩動物。

薄目の先の末棄の表情は、和らいでいた。

指先から注がれる暖かな体温に、何か浮上しかけ酷は目を背けた。

巨大な壁を心の中でそびえたたせる。

酷は喉が鳴るかもしれないこの体にそんな機能はついていない。

背けるけれど警戒は怠らない。

かの人の股間から匂う金木犀に似た香りを深く肺に送り込んだ山茶始めて開く日。

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