8.麋角解る日*
心があるということは、誰にも語るべきではない。
他の強化人間より嗅覚は猫並み。
聴覚は犬並み。
視覚は猛禽類に酷似。
身体能力は他者を圧倒し、特に素早さに特化。
末棄が酷の性能調査をした時にはじき出された数字を、酷自身よく覚えていた。
それを自分のことのように喜んでいる末棄を、特に覚えている。
頼りにしてるぜ酷と、笑ってくれたあの笑顔。
心があるということは、誰にも語るべきではない。
脳内で蝶が羽ばたくスローモーションを、強化人間は再生出来るが、それはただの動きであり命じられ片翼を傷付けず千切るための能力でしかない。
酷にはそれが、美しいと思えた。
愛玩動物は等しく可愛いもの、特に猫は自分が愛らしい容姿をしていることを知った上で媚びる利口な生物、羨ましい。
鳥は数千種類、渡り鳥は季節を飛び越える旅するもの。
末棄は鳥類が本当に好きで、飼いたいと零しては諦める姿を思い出す。
心があるということは、誰にも語るべきではない。
アムリタは愚かな永遠の迷宮。
変若水は、末棄曰く落ちぶれればいい。
小さな会社でもいいいからそこで普通に働きたい、今すぐ隠居して静かに暮らしたい。
そんな愚痴に、そんな末棄を見守りたいと心中何度思ったことか。
酷は、それを生来の眠たそうな仮面で殺し続けた。
末棄を通し世界を眺め、美しいと醜いを吸収していた。
心があるということを、末棄に知られたくなかった。
末棄は誰も信用していなかった。
ただ、心のない残酷な生き物である、ひたすら守ることだけを考える酷という強化人間を、気にいっていた。
少なくとも他の生物よりは、触れる見つめる世話を焼く寝所に入ることを許す。
それは愛玩動物レベルと、酷は捕らえた。
それは酷に、愉悦の味を教えた。
特別である。
末棄の。
それは世界は末棄中心思考の酷を、より感情豊かにさせていった。
酷は、その豊かになる感情から目を背けた。
なぜなら末棄が気にいっているのは、残酷強化人間酷。
しゃべる考える想う。
そんな生き物を欲していない。
どんな形であろうとも、どのような生き物と思われようとも、この末棄の特別を、酷は手放したくなかった。
酷は、末棄を。
けれど、捨てられてしまった。
心があることがばれたのではなく。
惨殺残忍無残無残生物酷が捨てられてしまった。
棄てられた。
棄てられてしまった。
心などなければ良かった。
傷付く心などなければ、どこへでも素直に誰の護衛でも酷く素直に護衛できた。
酷は暗澹とした悲しみのループにはまり幾星霜、守れと吐き出された言葉も忘れ家具の隙間で黴のように膝を抱えていた。
国民単位で否定すれば年末年の瀬なんてこなってのに、とは末棄の毎年の愚痴。
年末年始仕事、現実に身のあるものだったら、どんな手を使ってでも息の根を止めるというのに、なんていう思考もどこか力なく。
力不足のまま、萎れた草のように一応部屋の警戒をする。
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