6.熊穴に籠る日*
末棄が唯一信用するのは、その時その瞬間だけだった。
資金繰りで首が回らなくなった、会社が倒産寸前でも、という常連客ほど信用できないものはない、とは末棄の愚痴。
冬の晴天昼下がり、常連客の元へと高濃度アムリタ販売に一行は向かった。
数年前は羽振りもよく月に一度はお買い上げという上客だった女社長。
整形美容業界で全国に数多く支店を展開。
自身をアムリタで若返らせ看板に掲げ、二、三度おちみずグループとコラボしたこともあった。
それも数年前の話。
美容に永遠があれば、廃れと最新がある。
彼女の会社はその最新の波に乗れず、二年ほど大幅な赤字経営が続いていた。
今会社は火の車で、アムリタを購入する余地は彼女にはない。
その辺り調査済みだった末棄は、唾を飛ばし今こそなんたらかんたらおちみずと私の会社がうんたらかんたら。
アムリタが切れ老いを皺と染みで見せつけ力説する彼女に、優しい眼差しを向けていた。
酷はいつも通り、ソファに座る末棄の背後に佇んでいた。
フローラルな香り鼻につき、虎の毛皮と目がたびたび合った。
十二畳ほどの応接室は、女性なりのけばけばしい趣味で埋め尽くされていた。
首藤は行儀悪く大股を開き、「いつ見ても趣味が悪いな」「いつものことじゃーん」「首藤様も人の事は言えないかと…」その他右と鷹宗とひそひそトライアングル中。
その他左は場も弁えず指を噛み咬み。
ついこの間噛みすぎて人差し指を千切ってしまったことをまったく反省していないようだった。
女社長改め厄介な女には末棄しか見えておらず、とにかくなんとしてでもアムリタが欲しいと、弾丸のような言葉と唾を吐き散らす。
虎柄の入ったテーブルの上に、彼女が降らせた雨が点々と。用意されたアールグレイの紅茶にも落ちていく。
「飲めないじゃん」
首藤が小気味良く突っ込むが、女にはもう末棄の答えだけしか耳に入らない。
末棄は終始優しく微笑み、女の主張にはい、はい、と上手な相づち。
肯定も否定もしない受け答えを繰り返すばかり。
はいと答える度動く、つむじ曲がりの後頭部を酷は見つめながら拳を握り締め臨戦態勢に移行する。
西洋の甲冑に三体。
テラスに二体。
廊下に五体。
武装、人間、息遣い気配殺しから傭兵と推測。
この部屋に通された時から、酷は彼らを感知していた。
末棄は彼女に会う前から、多分もう駄目なんだろうなぁと、独りごち。
「ですが、初期の契約通りこの場でお振り込みが成立しなければ商品をお渡しすることはできません」
「だから言っているじゃない今すぐには用意できないけどアムリタがあれば全部すべて良くなるのよっ」
ほとんど金切り声で会話になんかなっちゃない。
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