5.閉塞冬と成る日*

包み隠して闇の中へ隠蔽幽閉。

脱獄を許さない。

酷はそれを念頭に、点滴を眺めていた。

強化人間は定期的な検診と強化剤投与が必要な為、末棄は何かのついでに酷に点滴を打つことがある。

本日もアムリタ製造の工場視察ついでに、酷は休憩室で点滴を末棄に打たれた。

最初は腕に針を刺す手元が震えていた末棄も、三年立てばおざなりで。

携帯で通話しながら慣れた手付きでぶすり。

酷はいつも通り無表情でそれらを目で追った。

点滴が終わるまで四十分程度。

末棄は酷の隣に腰を下ろし、片手で端末操作にノートパソコンを膝の上、仕事をし始めた。

酷は顔を、一つしかない正面ドアに向け、視線をドア末棄点滴の順で何度も巡らせる。

ドアの向こうから工場特有の匂いと機械音時々人の気配。

末棄の白いのど仏。

透明な液体に稲妻のように紫が走る点滴は、アムリタ配合。

体の中に流れ込んでくる、妙な感覚。

休憩室はほどよく暖かく過ごしやすく。

小さなドリンクバーから微かに漂う甘い匂いに酷の小鼻がひくりと動く。

誰かが走る振動が、話す度上下するのど仏、クラゲのように踊る紫。

酷は飽きることなく、手を抜くこともなく、三点監視を繰り返した。

その行為に隙はなく、目以外はすべて強襲できそうな通気口排気口壁に向いていた。

点滴が半分ほど酷の体内に流れ込んだ頃、誰かがドアをノックした。

末棄は、はいと短く答え着信に応対。

酷は入室者を確認した。


入ってきたのはこの工場の責任者である、変若水家の男だった。

男は長身細身細目でにやつき、調子はどうですか?と末棄に声を掛けた。

末棄は男の姿も声も気にせず、たまたま相手が首藤だったが為に強烈な悪態。

自分でどうにかしろこの、無知蒙昧野郎、あ、無学無識が良いか?それとも暗愚?はは、どれが良い?意味分かってるか?分かってるよなお兄様、等々容赦なし。

男は自分に対しての言葉ではないと分かっていながら、末棄に侮蔑の目線を送った。

酷の小指が僅かに動くが、攻撃対象ではない。

末棄の命令により、変若水一族は攻撃対象外。

ただ、末棄以外は護衛対象外でもある。

男の頭上にある蛍光灯が落ちないかと、酷は天井へ一瞬目線を送った。

末棄は男の目線など気にもとめず、端末をノートパソコンを叩き電話を切り別件で再びコール。

男は自分が場違いなことにますます顔を

歪ませ、酷を見た。

虐めがいのある小動物を見つけたそれに、似ていた。


「確か君は、末期まつきさんの助手を務めていたご夫妻が造った特殊強化人間、だよね」


男が得意げに両手を広げた。

何か何処か舞台に立った気分らしい。


「あの人、末期さんはそりゃあもう天才だったけど、人、殺し過ぎちゃったでしょ?ああ君もかぁ」


ヒキガエルの死体。

それが脳裏に浮かぶ息。


「病気で死んだ奥様を生き返らせるために造ったのが、強化人間で、よりよい強化剤ってことでアムリタだもんねぇ」


男は自分の脚本演出の俳優のように、くるりと回る。

白衣から柔軟剤の香り漂う。


「末期さん、さんざんな汚名残して病死しちゃったけど、良い物残してくれちゃったよねぇ」


したり顔で男は続ける。

あらかじめ覚えておいた台詞のような快活さ。


「アムリタを一般的な美容液として販売する一方、高濃度アムリタを富裕層に売りつける仕事、本当末棄くん大変だよねぇ」

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