第19話 距離を置く

 俺はアメリカに渡り、レコーディングやMV撮影をこなし、ミニコンサートやテレビ出演もした。順調にソロ活をこなし、無事帰国した。

 帰国したよ、とテツヤ兄さんにメッセージを送ったら、返信が来た。そこには、

(ソロ活オツカレ。俺はこれから曲作りに専念しようと思う。だから俺たち、しばらく距離を置かないか?)

と、書いてあった。距離を置く?曲作りをするから、あまり会ったりしないって事なのか。ちょっと残念。でも、その時にはちょっとの間だと思った。1~2週間とか、せいぜい1か月くらいかなと。

(分かった。曲作り、頑張って)

そう送った。そうしたら、

(分かってくれてありがとう。レイジ、今までありがとな。感謝してるよ)

と、またメッセージが来た。何と返せばいいか考えてみたのだが、どうもおかしい。だって、おかしくないか?これって、まるでお別れするみたいな言葉じゃないか。

 焦った俺は、テツヤ兄さんに速攻電話を掛けた。でも、出なかった。出てくれなかった。今は出られない状況なのかと思ったが、しばらくしてから掛けても、翌日掛けても出てくれない。そして、メッセージを送っても返してくれなくなった。

 うそー!これってどういう事?そんなに曲作りの為に身を削るの?もしかして、スマホを置いて山に籠ったとか?そんなわけないよな。

 念のため、カズキ兄さんに連絡をし、テツヤ兄さんと連絡が取れるかどうか確認してみた。ちょうどテツヤ兄さんに伝える事があるとかで、すぐに連絡をしてくれたのだが、その結果、

「普通に返信来たぞ。」

と言われた。ガーン!俺だけ無視って事?やっぱり、距離を置くというのは、お別れするって事なのか?確かに、恋人同士で使う「距離を置く」という言葉は、別れようって言うのと同義のような気もする。でも、喧嘩したとか浮気したとかではないし……それでも、俺が連絡を取りたかったのは、何か用事があっての事ではない。そういうのが今は煩わしいという事なのかも。ちょっとショックだけど、理解できなくはない。

 俺は諦め、本当にしばらくテツヤ兄さんとの連絡を絶った。俺も曲を作るしかない。でも、モヤモヤしてイライラして、集中できない。こんな時は兄さんたちに相談しよう。そうだ、ユウキ兄さんのお見舞いに行こう。きっと退屈しているに違いない。


 ユウキ兄さんにアポを取り、面会時間にお見舞いに行った。バナナを忘れずに持参して。

「おう、レイジ。ソロ曲良かったぞ。爆売れだそうじゃないか。」

俺が病室に現れると、ユウキ兄さんがそう言ってくれたのだが……今も作業中なユウキ兄さん。作曲の真っ最中って感じ。ベッドの周りに機材とかキーボードとかを置いて、コードがあちこちすごい事になっている。

「ユウキ兄さん、忙しそうだね。」

「いや、俺はこれが日常だから。お前、久しぶりにコンサートしてみてどうだった?」

「うん、楽しかったよ。ちょっと緊張しちゃったけど。」

俺がそう言うと、ユウキ兄さんは作業の手を止め、俺を見てニヤッと笑った。

「そうか。レイジもさ、もっと曲を作ってコンサートツアーをやりなよ。」

ユウキ兄さんが言う。そうしたいのは山々なんだけど。

「あのさ、曲を作る時って、その……恋人とか友達と、距離を取ったりする?」

俺はそこら辺にあった丸椅子を引き寄せ、聞きながら座った。

「ん?そうだな。10曲とか一気に作らなきゃならない時には、誰とも連絡を取らずにホテルに籠ったりするかな。」

ユウキ兄さんは言った。

「距離を置こうって言う?」

俺がさらに聞くと、ユウキ兄さんはキョトンとした顔をした。

「ん?友達や家族にはわざわざ言わないな。お前……言おうとしているのか?それとも、言われたのか?」

聞かれて、ちょっと詰まった。でも、言うしかない。

「言われた。」

「ほう。それで?俺に相談しに来たわけか?」

「あのさ、距離を置こうって言われたのは、本当に作曲に専念する為だと思う?それとも、別れたいという意味だと思う?」

俺の質問、支離滅裂になってないかな。

「つまり、作曲に専念したいから距離を置こうって言われたわけだな?そうだなぁ。何か、うまく行ってない感じの時に言われたなら別れるって意味だろうけど、2人の関係がうまく行ってる時だったら、本当にしばらく作曲に専念したいっていうだけなんじゃないか?」

「でもそれで、今までありがとうとか、言うかな。」

「どうかな……俺も恋愛に詳しいわけじゃないからな。お前も知っての通り、デビューしてからの恋愛経験はゼロだからな。まあでも、あいつは天然っていうか、人とはちょっと感性が違うからなぁ。」

え?あいつって誰の事?俺、何か言った?

「まあそれならさ、お前も曲作りに専念するしかないんじゃないのか?ちょうどいい機会だからさ。」

「そう言われても、そう簡単に作れるわけじゃないし。」

「今のその気持ちだよ。今、恋人に振り回されて苦しいわけだろ?その想いを歌にするんだ。やろうと思えば絶対にできるって。お前は今までにもいい曲作って来たんだからさ。」

ユウキ兄さんにそう言われて、少しその気になった。そうかもしれない。今のこのモヤモヤした気持ちを、形にしてみよう。以前曲を作った時には、一生片想いかもしれないという辛さを形にしたのだ。今回もまた、今の辛い気持ちを歌にしてみよう。

「ありがとう、ユウキ兄さん。俺、頑張ってみるよ。」

「ああ、頑張れ。あ、バナナありがとな。」

ユウキ兄さんはそう言うと、バナナを一本取って皮をむき、かぶりつきながらまた作曲作業に没頭し始めた。それを見届けて、俺は病室を出た。この兄さんも、俺の話が終わったかどうか確認もせずに、曲作り、曲作りだ。アーティストというのは普通じゃないよな。そして、テツヤ兄さんも。あの人も根っからのアーティストなんだろうな。

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