第20話 その曲、つら過ぎませんか

 運動を定期的にしつつ、曲作りにも取り掛かった。楽器が弾けないから、メロディーを歌って録音する作業。でも、今はそれでも勝手に楽譜にしてくれるアプリがあるから問題ないのだ。一方、歌詞を書く方が問題だ。音に当てはめて行かなくてはならない。かといって、適当に歌って当てはめるだけではダメだ。ちゃんと一曲を通してストーリーを作り上げなければならない。もちろん、ストーリーが不可解な歌もそれはそれで芸術的かもしれないが、一応俺はアイドルなので、それらしい歌を作る必要がある。

 というわけで、そう簡単にはできない。一曲を作るのに何日もかかっている。会社の作業室で作業に行き詰まると、社内のジムに行く。そこでタケル兄さんに会った。

「よう、作業進んでるか?」

「うーん、まあ。」

俺は曖昧に返す。

「そっか、頑張れ!」

タケル兄さんは懸垂をしながら言った。その懸垂に必死になっているタケル兄さんを見ながら、俺は考えた。ちょっと相談しちゃおうかと。

「タケル兄さん、歌詞の事なんだけどさ……。」

どんな言葉を選んだらいいか、アイディアが浮かばない時、タケル兄さんに相談するとたくさんの言葉をくれる。その中から、音に当てはまりそうな語を選べばいいのだ。ありがたいなあ、いつも。

 その時、会社で動きがあった。何人かのマネージャーさんたちが荷物を持って出かけようとしていた。どこへ行くのかと気にしていると、イッセイさんがジムの方にちょっと顔を出したので、

「イッセイさん、今日何かあるんですか?」

と、タケル兄さんが聞いた。

「ああ、これからテツヤがスペインに出かけるんだ。」

イッセイさんはそう言った。

「あ、そうなんだ。」

タケル兄さんは独り言のように言って、俺を見た。

「何?」

俺が聞くと、

「いや、お前は知ってたんだなと思って。見送りに行かなくていいのか?」

と言われてしまった。うっ、言葉に詰まる。

「あー、うん。まあ。」

何も言えねえ。タケル兄さんはちょっと不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

 そんな生活が続くなか、テツヤ兄さんがスペインに出かけて一週間が経った。そこへ、テツヤ兄さんのアルバムの先行公開ということで、アルバム中の2曲のMVが公開される日が発表された。

 いつもなら、曲を作ったら真っ先に俺に聴かせてくれたテツヤ兄さん。俺も、曲を作れば真っ先にテツヤ兄さんに聴かせていた。お互い、作る曲の雰囲気は違う。でも、いつも俺が作った曲を「いい曲だな」と言ってくれた。俺もいつだって、テツヤ兄さんの作る曲を誉めそやした。それが、今回は俺に聴かせてくれる事なく、一般公開される。それを考えただけでも、俺の胸は張り裂けそうだ。

 とうとうテツヤ兄さんの作った曲のMVが公開された。公開されて、すぐに聴いた。テツヤ兄さんの作る曲は、半分以上が悲しいような、切ないようなメロディーだから、今回の2曲がそういう切ない曲だったのは驚かなかったのだけれど……歌詞の内容に驚いた。今まで、テツヤ兄さんが恋愛の歌を作った事があっただろうか。きっとなかったと思う。でも、この2曲は間違いなく恋愛の歌だった。切ないメロディーに乗せた、悲しい歌だった。別れてしまった恋人たちの歌。もう一度愛して欲しいと、みじめな自分をさらけ出して懇願する、悲恋の歌。またよりを戻せないか、つい連絡を待ってしまう、あなたの事を考えてしまうという未練。間違いなく悲しい恋の歌だ。

 なんだよ……どうしてこんなに心を揺さぶられるのだ。これは歌で、架空の物語で、テツヤ兄さんが本当に誰かを恋しがっているわけではないはずなのに。

 ん?でも、別れてしまった恋人って、考えてみれば俺の事か?俺の事を、恋しいと、もう一度愛して欲しいと歌っているのか?連絡を待って、つい電話を見てしまうって?胸をギュッと鷲掴みにされる。せつな気に歌うテツヤ兄さんの映像を、これ以上観ていられないくらいに、胸が痛い。

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