第18話 ピンキー

 アメリカに向けて出発の日の朝。

 パリから帰国したその足でうちに来たテツヤ兄さんは、一度家に帰って翌日またうちに来てくれた。そして俺の出発日前日の夜に泊まってくれたのだ。

「離れたくない……。」

ベッドの上で、テツヤ兄さんの顔をじっと見ながらそう呟いた俺。

「なんて顔してんだよ。もしかして、不安なのか?」

ちょっと笑いながらテツヤ兄さんが言った。俺の顔を軽く両手でぺしぺし叩く。

「うん、ちょっと。ソロでの活動は初めてだから。」

色々考えるとドキドキしてくる。

「空港まで送って行ってやるよ。だから、ちゃんと支度しな。」

「うん。」

俺はベッドから離れ、最後の荷物の整理を始めた。携帯の充電器とか、財布とかをカバンに入れる。

 そこへ、テツヤ兄さんの電話が着信した。テツヤ兄さんが出て、何やら話している。

「お、やったね。そう?じゃあ、出発前に渡せるね。ちょっと待って。レイジ!後どのくらいで家を出られる?」

聞かれた。

「あと1時間くらいで出かけるつもりだったけど?」

俺が言うと、

「30分で出られない?」

と聞かれた。なんで?


 空港に行く前に、ジュンさんに会う事になった。俺の為に作ってくれた、誠会の指輪が届いたそうだ。それを、アメリカへの出発前にくれるという事だった。マネージャーさんに連絡をして、その待ち合わせの店に来てもらうように手配をし、俺とテツヤ兄さんはその店に向かった。ジュンさん行きつけの落ち着いたお店。一般人があまりいなさそうな、セレブが通う感じのお店だ。さすが。

「やあ、急に呼び出して悪かったね。忙しかったでしょ?」

ジュンさんが俺に言った。

「いえいえ。こちらこそ、わざわざ届けていただいてありがとうございます。」

恐縮してしまう。ジュンさんだって、かなり色々テレビに出ていて忙しいはずなのに、こうやって俺の為だけに時間を割いてくれたのだから。

「昨日の夜届いたんだよ。まだ開けてないんだ。」

ジュンさんが、綺麗にラッピングされた箱を取り出し、俺の前に差し出した。俺は恭しく受け取った。と、ここまでは立っていたのだが、改めて3人で席に座った。

「開けてみろよ、レイジ。」

テツヤ兄さんがニコニコしながら頬杖をつき、言った。俺はクリーム色のリボンをほどき、白い箱を開けた。中からキラキラしたプラチナリングが出てきた。

 のだが……。

「ん?あれ?」

そう言ったのはジュンさんだが、3人ともちょっと頭を寄せ合って、箱の中を覗き込んだ。

「なんか、小さい?」

テツヤ兄さんが言う。どう見ても、輪っかが小さいぞ。

「あの、そういえばサイズを聞かれた記憶がないような……。」

俺は遠慮がちにそう言った。いや、聞かれなくてもてっきり、テツヤ兄さんが俺の指のサイズを知っているから、テツヤ兄さんに聞いたのかと思っていたのだ。ちなみに、テツヤ兄さんの指は細いのだが、俺はだいぶ太い方だ。サイズもテツヤ兄さんとは全然違う。

「あ!そう?そうか……。あの時酔っていたから、うっかりサイズの事を忘れていたんだ。ちょっと待てよ。」

ジュンさんはそう言って、スマホを取り出した。注文履歴を見ているのだろうか。そして、自分の平手で自分のおでこを打った。

「しまった!なぜだか分からんが、11号を注文してしまっている!俺たち、みんな18号だったんだよ。先に俺の指輪があって、それをみんなで試したら、みんな右手か左手かどちらかの人差し指が入るからって、18号を人数分注文したんだよ。それなのに、なんで今回は11号なんだろう。俺がわざわざそうしたのかな。」

ジュンさんが言った。

「そのリング、男女共用のデザインだって言ってたよね。お店の方でデフォルトで11号が表示されるようになってるんじゃないの?」

テツヤ兄さんが言った。

「そうかも……。レイジ、どうしよう。入らないよな?」

ジュンさんが青い顔をして俺に聞く。俺はリングをそっと取り出し、右手の小指に嵌めてみた。

「お?」

「おお!」

テツヤ兄さんとジュンさんがほぼ同時に声を上げた。そう、そのリングは俺の小指にピッタリだったのだ。俺は破顔した。

「うわ、ちょうどいいです。良かった。」

俺が言うと、

「いや……でも、みんな人差し指にしてるのに、レイジだけ小指って言うのも。」

と、ジュンさんが言った。

「ジュンさん、俺の人差し指に18号は入らないです。ついでに薬指にも入りません。」

俺が言うと、

「そうなの?」

ジュンさんが言った。

「はい。18号だったらどの指にも合わなかったんです。むしろ小指にピッタリのサイズだったのはラッキーですよ。だから、俺のはこれでいいですよ。」

俺が言うと、

「そうか……ごめんな、レイジ。これさ、内側にMAKOTOKAIって彫ってもらってるもんで、なかなか返品とか交換を頼みにくくて。ほんと、ごめん。」

ジュンさんが両手を合わせて頭を下げた。

「やめてくださいよ、ジュンさん。いいんです、嬉しいです。仲間というより、みなさんの子分にしてもらえた気がして。」

俺が言うと、ジュンさんはさっと顔を上げて、

「何を言うか、レイジ。君は俺たちの仲間だよ。子分なんかじゃないって。」

と言ってくれた。すると、テツヤ兄さんが、黙って俺の頭を撫でた。ニコニコしながら、俺の頭を撫でるテツヤ兄さん。よくわかんないけど、褒められてるのかな?

「じゃあ、そろそろ行かないと。ジュンさん、ありがとうございます。」

俺はそう言うと、立ち上がった。ジュンさんも立ち上がって、

「ソロ活動、頑張って。」

俺の肩をポンと叩きながらそう言ってくれた。

「はい。」

俺は右手の小指に指輪を嵌めたまま、スーツケースを引いて歩き出した。なんか、少し清々しい。俺は役者ではないし、誠会のメンバーではない。子分くらいでちょうどいいのだ。

「レイジ!」

テツヤ兄さんが俺を呼んだ。振り返る。

「俺も空港まで行くよ。」

てっきり、このままジュンさんとここに残るのかと思っていた。だから、そう言ってついてきてくれた事が、すごく嬉しい。テツヤ兄さんはジュンさんに手を振り、俺はジュンさんの方へ会釈をし、俺たちは店を出た。

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