第6話 気づかないサイン

 俺は、テツヤ兄さんが好きなんだ。天然で、何を考えてるのか分からないところもあるけれど、いつも俺の事を優しく見守ってくれて、笑いかけてくれて、天使みたいに、絶対に俺に嘘なんてつかない、綺麗な人なんだ。それなのに。俺はテツヤ兄さんを信じ切れなかった。俺はますます酒浸りになった。もう、消えてしまいたい。誰にも会いたくない。


 ピンポーン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!

「はいはい、うるさいなぁ。」

俺は頭をガシガシかきむしりながら玄関のドアを開けた。ビニール袋を下げたカズキ兄さんが、にっこり笑って入って来た。

「頭痛いんだからさあ。」

俺はまだ文句を言いながら、ソファにドカッと座った。

「そうだろうと思ってさ、スイカ持ってきたぞ。カットされてるやつ。ほら。」

カズキ兄さんは袋の中からスイカの入ったパックを取り出した。そして、キッチンの引き出しからフォークを取り出して、パックと一緒に俺の前に差し出した。

「あ、ありがと。」

俺は憮然としつつも受け取り、スイカにフォークを刺して口に入れた。冷たい。ジュワッと甘い汁が飛び出して、俺の体を潤していく。

「お前、会社から怒られたんだって?酒に酔ってライブをするなって。」

カズキ兄さんは笑いながらそう言って、俺の向かい側に座った。そこにソファはない。カーペットの上に腰を下ろして、ガラステーブルに両肘をついて俺の顔を下から見上げた。

「ああ、うん。」

ちらっとカズキ兄さんの顔を見たが、また視線をスイカに戻した。確かに、つい今しがた、電話で注意をされたところだった。酔っぱらってライブ放送をしていたのは、けっこう前の話だって言うのに、今更怒られた。

「お前、あの事でヤケになってるのか?あの、テツヤとナナの動画の事で。」

カズキ兄さんが真剣な顔になって言う。俺は、一瞬動きを止め、片眉を上げた。

「違うよ。あれは……フェイクだって。2人とも別人だって。」

「そう、テツヤが言ってたのか?」

「うん。」

「それを、そのまま信じたのか?」

「だって……テツヤ兄さんが嘘を言うわけないでしょ。」

「そりゃそうだ。もし本当にナナと手をつないで歩いたのなら、あいつなら正直に言うだろうな。そういうやつだ。」

そう、それこそ残酷なまでに正直に。

「でしょ?だから本当だよ。」

「じゃあ、なんでお前は酒浸りになってるんだよ。もしかして、曲作りが上手くいってないのか?」

「上手くいってるも何も、全く作れてないよ。」

「本当に?一曲も?」

「うん。」

「なんで……。お前、けっこういい曲作ってたじゃないか。テツヤがすごくお気に入りのほら、あれとか。」

カズキ兄さんが目を丸くして言う。本当にそうだ。俺が作った曲を、テツヤ兄さんはすごく褒めてくれた。いつも、作っては聴いてもらっていた。

「いつでも良い曲が作れるわけじゃないし。」

「お前はこだわりが強いからな。それとも、片想いしていた時の方が良い曲が作れたのかも?」

カズキ兄さんがちょっといたずらっぽく笑った。

「でも、今もまた、片想いのようなもんだよ。いや、片想いだった時の方がずっと幸せだったよ。俺、もうテツヤ兄さんに嫌われたかも。」

やばい。すっごくつらくなってきた。

「嫌われた?どうして。向こうの浮気疑惑だろ?お前は何もしてないだろ?」

カズキ兄さんは首をかしげてそう言った。

「俺、あのフェイク動画を見て、テツヤ兄さんかもしれないって思っちゃったんだ。ても、テツヤ兄さんはナナさんの事も違うってすぐに分かったって。俺、それで、思わず電話の途中で切っちゃって……それでっ」

「あー、もう、泣くなよレイジ。電話を切っちゃったのか?それでか。」

カズキ兄さんは、俺の隣に座り直し、俺の肩に腕を回してギュッとした。俺はその辺のタオルをひっつかんで、目に押し当てた。情けない。何やってんだ、俺。

「それでかって?」

でも、聞き逃さない。何かカズキ兄さんが言いかけた。

「ああ、テツヤのインスタだよ。いろいろ謎めいた投稿してたからさ。昔の写真とか、アクセサリーの写真とか載せてたから。お前へのサインなんだろ?」

カズキ兄さんが言った。

「俺、インスタ見てない。アカウント削除したから。」

鼻をすすりながら言うと、

「え!なんだって?そうなの?それ、テツヤは知ってるのか?」

と、カズキ兄さんはびっくりして言った。こちらの方がびっくりだ。知らなかったなんて。あれ?俺、インスタを削除するって他のSNSで言ったよな。俺がインスタを削除した直後、ネットニュースでもさんざん取り上げられてたし、ファンの子たちからも色々言われて……おや?メンバーは意外と知らないのか?まさか、テツヤ兄さんも知らないのか?何せ、離れ離れになってからの事だし。

「知らない、かも。え?それで、どんなサインだって?」

俺はタオルを放り投げ、カズキ兄さんのスマホをぶん取った。テツヤ兄さんがインスタに上げた写真を見ると……ああ、俺がテツヤ兄さんを撮った写真。それから、この間色違いで買ったブレスレット。一緒に飲んだワイン。一緒に行った海の……やばい、また涙が出てきた。

「俺、ちょっと電話する。」

俺は、自分のスマホが置いてある寝室まで、大股で歩いて行った。


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