第5話 噂

 テツヤ兄さんはパリへ行った。有名ブランドのパーティーに呼ばれたそうだ。国内にいたって、ほとんど家には帰ってこなかったので、どこへ行こうと俺にとっては同じだ。

 翌日の予定がないものだから、ずっと控えめにしていた酒を、好きなだけ飲んだ。ライブ放送をやって、ファンと一緒に飲んだ。文字が次々に並ぶコメントを見ていると、俺は一人じゃないんだと思えた。でも、酔っぱらって寝て、翌朝起きると後悔した。大抵頭が痛い。昨日、画面の向こうにたくさんいたファンが、本当に人間だったのか、本当に俺の事が好きなのか、分からなくなってきた。たまに心無いコメントもあるし。

 なんか、寂しい。むなしい。何のために毎日起きるのか、それが分からなくなった。たまにユウキ兄さんが「曲作れよ」とメッセージをくれるけれど、いい曲が作れるような気がしない。俺は歌いたい。歌を歌うのが好きだ。でも、今は発表する場所もない。ライブ放送中にカラオケをしても、これは仕事ではないと思うと、やはりむなしい。

 そんな時だった。突然ネットニュースが、テツヤ兄さんの動画でいっぱいになった。パリで、テツヤ兄さんが女の人と手をつないで歩いている動画だ。女の人とは、アイドルグループ「イエローピンク」のメンバー、ナナさんだった。

 ナナさんとテツヤ兄さんは、歳が同じという事で、前から友達だった。アイドルは、歌番組などで共演する事が多く、その中でも同じ年齢の人同士で仲良くなる事が多い。テツヤ兄さんと同じ歳の人達で、時々集まってお酒を飲んだりしているのは知っていた。役者仲間ほど頻繁ではないが、役者仲間よりも古い友達だと言える。かれこれ8年とか9年の付き合いになるから。

 そして、テツヤ兄さんとナナさんの熱愛の噂は、今回が初めて出たのではなかった。以前にも、2人の写真が週刊誌に載って騒がれた事がある。会社が熱愛報道は事実無根だという談話を出し、のちに写真のテツヤ兄さんは、実はそっくりな別人だったという事が判明したのだった。何しろ、テツヤ兄さんには、というか俺たちグループにはプライベートな時間なんてほとんどなかった。俺がほぼ四六時中テツヤ兄さんと一緒にいたのだ。ナナさんとの写真が出たと騒がれた時にも、俺たちは端から信じなかった。デートなんてしている時間があるはずがなかったから。

 でも、今はどうだ?メンバー同士、お互いの行動は全然分からなくなってしまった。今、流されている動画には、テツヤ兄さんたちの周りにマネージャーなどの社員がついていて、どうやら本物っぽい。テツヤ兄さん、まさか酔っぱらって、あんな風に手をつないで歩いたとか?けっこう周りに一般人がいるみたいだけれども、外国だからって油断したのか?大体、ナナさんはテツヤ兄さんの事が好きなのだと思う。あの、テツヤ兄さんのそっくりさんだと判明した写真だが、ナナさんの方は本物だったのだ。つまり、テツヤ兄さんのそっくりさんと一緒にいたのだ。それがどういう事なのか、俺には分からないけれど、でも何となく、テツヤ兄さんの事が好きなんじゃないかと思えてならない。

 俺には時差なんて関係ない。というか、俺はいつでも構わないので、テツヤ兄さんに連絡をした。いつでもいいから電話をくれと。すると、夜中に電話がかかってきた。

「もしもし、レイジ?寝てたか?」

「いいや、寝てないよ。」

「飲んでるな?呂律が回ってないぞ。」

「それより、あれ何?あの動画。」

俺はとにかく問い詰めたかった。小一時間、問い詰めたかった。

「なんの動画?」

「……って、とぼけるなよ!あの、ナナさんとの動画だよ!」

「レイジ、感情的になるな。」

「……ごめん。テツヤ兄さん、ナナさんと手、つないだの?俺のいないとこで、2人で仲良くしてたの?」

俺は、つい涙声になる。情けない。でも、悲しい。ただでさえ、会えなくてつらいのに、この仕打ちはひどすぎる。

「ああ、あの動画ね。あれはフェイクだよ。あれはナナじゃない。背格好が違う。」

「!」

あれは自分じゃない、と言うのなら分かる。行った覚えがないのなら。でも、ナナさんじゃないと、言い切るんだ。また、ナナさんがテツヤ兄さんのそっくりさんと歩いているのだと、そう思うのが普通じゃないのか?それが、ナナさんじゃないと、分かるんだ。俺は……俺はあの画質の悪い動画で、テツヤ兄さんが本物かどうか、分からなかったのに。

「マネージャーも、服装だけ同じにした、偽物だよ。もちろん、俺も偽物。分かるよな?」

俺は、いたたまれなくなって、無言で電話を切った。

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