ホルムズ海峡では書類が大事

浅賀ソルト

ホルムズ海峡では書類が大事

港の詰所にいると同僚のザレイが話し掛けてきた。

「艦長の報告書に不備があったとかでまた呼び出されていたぜ」

俺は言った。「上に何かあったのか?」

「中尉の息子が暴れて、その揉み消しをラザエさんが手伝ったんだと」

「ラザエ?」

「俺もよく知らん。で、その見返りに哨戒艦長のポストを親戚にあげる話になったっぽい」

「ひでえな。艦長、何も悪くないじゃん」

「そこは中尉が面倒を見るだろ」

「で、その、新しく来るラザエさんの親戚ってのは何者なんだ?」俺達の次のボスってことになるんだから知っておかないと。

「若者らしいぞ。海に出たこともないんだと」

「ふーん」

今の艦長も縁故採用で、軍人としての実力は皆無だ。それでも何年も仕事をしてきて、それなりに慣れてきていたので名残惜しくないと言えば嘘になる。書類不備もなにもないだろうに。一応、問題を起こして更迭、交代という形にはするらしい。

そして一週間後にはもう人事異動が発表され、哨戒艦長としてシャリフという二十代の若者がやってきた。

副艦長は据え置き。場合によってはこのあたりも別の親戚で全部入れ替えられることになるが、副艦長の後ろ盾はそこそこ強いみたいだ。こっちとしても頭が変わるだけならやりやすいので助かる。

その副艦長が新艦長を紹介し、そこで一言挨拶という流れになった。

「艦長のシャリフだ。今後は私がここの指揮を取るのでよろしく」

今度の艦長には謙虚さがなかった。

当然だが、艦内は10分後にはシャリフへの反応が飛び交い、なんとなく気にくわないという意見が熟成されてしまった。俺ももちろんその中の一人だ。

哨戒任務が命じられ、出港準備をしながら同僚のザレイと話をした。シャリフの悪口のあとに気になることを言ってきた。

「小型艇が8隻出るらしい」

「8隻?」

「ハシェーミやアジジも向こうで準備してるぞ」

「どういうこと?」

「分からん」

しかし出港してすぐに任務は判明した。小型艇を引き連れた俺達は艦長から状況を聞かされた。

「今回、イギリスの石油タンカーが違法な海域を進んでおり、警告を無視してきた。そもそも事前の申請とルートが違う。これは我が国への挑発行為である。よって、これを拿捕せよとの命令だ」

デッキがどよめいた。英船籍タンカーを拿捕する?

「何か質問は?」

特になかった。

ホルムズ海峡の海図に目標タンカーの位置がマーキングされた。

ここですぐに戦闘になることはないだろう。それよりも注意しなくてはいけないのは……

「命令があるまで攻撃するな」俺は念入りに注意した。

西側諸国には全員が反感を持っているので堂々と敵対行為を働けるのは嬉しい。しかし嬉しさが強すぎてイキりや挑発が発生する可能性が高い。

そして艦長がやばい。

「我々はこれから英国のタンカーを拿捕する。再三の警告にもかかわらず挑発を繰り返してくるための止むを得ない措置だ。西側諸国に分からせてやる必要がある」

艦内放送でイキっとる。

ザレイが言った。「艦長がやばいな。全部織り込み済みでここに送られてきてるぞ」

「あの〝素直〟な性格も込みだな」

「何の命令まで受けてるんだ? 抵抗があったら殺せとか?」

「いやいやいや」ザレイが笑った。「戦争を始めてどうする」

「逮捕、勾留くらいはあるか」

「それは間違いなくあるだろうな。拿捕したところで、規制緩和されるわけではないだろうから、嫌がらせだろう。向こうも別に抵抗はしないさ。何日か港に泊めておくだけだ」

「なるほど」

タンカーと通信が確立すると、艦長は言った。

「そちらの書類には不備がある。事前の申請と違うため、すみやかにこちらの指示に従うべし。繰り返す。書類に不備がある」

別に書類の不備とか理由はいらんだろうに、なんでまた同じことやるのかねと俺は思った。



参考資料 名字由来net https://myoji-yurai.net/worldRanking.htm?countryCd=IR

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ホルムズ海峡では書類が大事 浅賀ソルト @asaga-salt

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