第13話 真面目な大学生
翌日、俺は必須科目の授業を受けるために、朝一番の講義がある教室に向かっていた。
思ったより早く来てしまったと思いながら時計を眺める。
講義まで後20分はあった。
さすがに初日ではないのでもうこんなに早く来る生徒も少ない。
俺は扉を開けて教室の中に入る。
中には既に数人の生徒が席に座っていた。
どの生徒も1人で連れはいないようだった。
暇そうにスマホをいじる生徒。
机に伏せて寝る生徒。
実際、大学から自宅まで距離のある生徒は少し早めにきがちである。
変な時間に来たら、ギリギリになるし、早すぎても暇になる。
高校の頃、俺もそうだったからよくわかる。
その中にはあのヘッドフォンの男子もいた。
彼は相変わらず音楽を聴きながら、本を読んでいた。
何かの小説だろうか?
なんか割と勉強出来そうに見える。
そして、席の前側にはお馴染みギャルの定盛がいた。
俺は定盛の座る近くの席に座った。
彼女は最初、音楽でも聴きながら教材を見ていたから俺に気が付かなかったようだが、数秒して俺の方を振り向く。
定盛は露骨に反応して、耳からイヤホンを抜き取ると指を指して叫んだ。
「陰キャ男、仲!!」
俺はその大声に耳を塞ぐ。
朝から本当に騒がしいやつだ。
それに反応するように教室にいた他の奴らもこちらに目線を向けて来た。
だが、すぐに興味をなくしたのか再び元の行動に戻った。
「その陰キャって辞めてくれる? 俺、陰キャじゃないから」
定盛は納得いかないのか、ずっと俺を睨みつけていた。
「だって、友達とかいなそうじゃん」
その言葉は俺の胸をぐさっと突き刺した。
確かに今は友達はいない。
だが、田舎に帰ったら、
結局村上1人しかいないけど、10人分ぐらいの心を支えてくれる気前のいい親友なんだよ。
「お前だっていないだろう。お前が誰かと仲良くしてんの見たことねぇぞ!」
俺も悔しくて定盛に言い返した。
定盛も図星だったのか、真っ赤な顔をして怒り出した。
「何、あんたあたしのストーカーなの!? キモッ!」
「なわけないだろう! いつも前の席にいるから目立ってんだよ」
俺だって定盛の事を意識していたわけじゃない。
寳月さんみたいに巨乳でもないし、見る必要性を感じないしな。
けど、どの講義でも前側の中央にいるから嫌でも目に入ってくるのだ。
大学の講義には指定席がない。
自由に座っていい分、誰も目立つ前の席には座りたがらないのだ。
そこに率先する定盛は俺じゃなくても注目されていると思う。
「お前何? 教授たちに気に入られたくてこんなとこ座ってるの?」
俺は意地悪半分で聞いてみる。
そんな奴ではないと言うことは話したらすぐわかる事なんだけど。
頭も良さそうじゃないし、ずる賢い発想とかもできないだろう。
「違うわよ! 真面目に勉強するためで決まってるでしょ? 後ろはサボっている奴が多いから、講義の邪魔になるのよ」
ギャルにしては意外な答えが返って来た。
真面目に授業ってこの学科の講義にそんな面白い講義なんてあったか?
そもそも全ての授業で定盛は前の席に座っている。
「で、定盛さんはなんでこんな学科を受けたの? 友達もいないんだし、つまんないでしょう?」
そう、考えれば仲のいい友達が出来そうなネイルの専門学校とか通うことも出来たはずだ。
ここじゃ、完全にギャルは浮く。
確かにパリピみたいな男子の多い、バカ学科だと思うけど、ギャル自体は少なかった。
ここに来ている奴らの大半が勉強なんて興味なくて、大学卒業の資格が欲しいがために来てる奴も多い。
だから真面目に講義も受けていないし、いつも後ろの席だ。
出席も取らない講義では明らかにサボっている。
そんなアウェイな状態でも受けたい授業って何だろうと思った。
「だって受かったのここだけだったんだもん!」
ああ、またまたこの理由かと思った。
俺と寳月さんと同じ理由だ。
受験に失敗した人間はここに集まる仕組みでも出来ているのか?
「それに私はどうしても大学を卒業したかったの! 私はバカだから勉強とか人の何倍やっても成績が上がらないし、こうやって集中して前の席で勉強しないと皆についていけないと思ったから」
定盛は情けないと言う顔で言った。
俺も少し気まずい気持ちになる。
こんな見た目でも定盛は真面目なようだ。
「なら、いいんじゃない? 友達だってそのうち出来るでしょ」
俺はそう言って、定盛を慰めた。
まあ、セリフ自体はまどろみさんの受け売りなんだけど。
すると、定盛は小さく笑った。
笑うと結構可愛い……かも?
俺としたことが、女子への免疫力が無さ過ぎて女子が弱っているだけで可愛いと思ってしまう。
まさに童貞の証じゃねぇか!!
「女の子にナンパなんてやるじゃない、仲君」
後ろから突然、そんな声が聞こえて来た。
振り返ってみるとそこには寳月さんがいた。
とんでもないところを彼女に見られてしまったと思った。
「いつの間に2人は仲良くなったの?」
「いや、これは、そんなんじゃないから!」
俺は必死で寳月さんに言い訳しようとした。
しかし、寳月さんの方は全く気にしていないようだった。
「別にいいのよ。女の子だろうが、男の子だろうが、仲良くなることはいい事だもの」
ですよねぇみたいな顔をして答えた。
別に寳月さんともサークル仲間なだけで仲がいいと言うわけでもない。
いつも席が近いわけでもないし、その時々だ。
寳月さんは怯えて睨みつける定盛を見て、手を差し伸べた。
「私は寳月朱音。名前、教えてもらえる?」
定盛は驚きながらもその手を取った。
寳月さん、俺にはいまだに自己紹介まだなんですけど、定盛にはするんですね。
俺、結構こういうの根に持ちますよ。
「あたしは定盛明日香。よろしく」
定盛も少し恥ずかしそうに言った。
もう既に友情が芽生えた雰囲気だ。
女子はずるい。
またボッチなのは俺だけじゃないか。
これなら一層、ヘッドフォンの君を巻き込んで友達になるか。
そう思いながらヘッドフォンの彼を見つめたが、彼は一向に俺に気が付く様子はなかった。
まあ、俺は存在感0の男だからな、自慢じゃないけど。
そんなことをしているとある集団が教室の中に入って来た。
こいつらは学科の中でも問題児で授業中でもうるさい。
基本後ろの席を牛耳って遊んでいる。
講師たちも関わり合いたくないのか、特に注意もしなかった。
だから俺たちのような大人しいやつらはあいつらと関わらないように目を背ける。
そうしていると、その集団1人がふざけてペットボトルの水を仲間に投げつけて来た。
蓋が緩かったのかもしれない。
それはこちらまで飛んで来て、一度寳月さんのノートの上にぶっかかった後、見事に俺に命中した。
寳月さんのノートはびしょびしょ。
俺の服もびしょびしょでおでこにはペットボトルのぶつかった痛みまでセットでついてきた。
びしょびしょになるなら、ここは俺じゃなくて寳月さん、もしくは定盛だろう!
なぜ、好き好んで男の俺がびしょ濡れなんだよ。
すると投げて来た男が席に座ったままでこっちに手を振ってごめんごめんといった。
あんやろうと睨みつけたが、あちらはお構いなしだ。
寳月さんもびしょびしょになったノートを持っていたハンカチで拭いていた。
水でにじんで文字が見えなくなっていた。
「不幸ね」
不幸体質の寳月さんが俺を見て呟く。
寳月さんが不幸体質なら、俺は巻き込まれ体質ですか!?
すると、定盛が悲しそうな顔をして、鞄からノートを一つ取り出した。
「あの、コレ。次の授業のノート、正書したやつなの。あれなら使って」
彼女はそう言って寳月に渡す。
寳月も笑ってそれを受け取った。
「ありがとう」
2人の中は一層深まりそうだった。
しかしだ、びしょびしょなのは俺も一緒だ。
ハンカチもタオルも用意していないし、誰も心配すらしてくれない。
やっと気が付いた寳月さんがその濡れたハンカチを差し出して言った。
「良かったら、使う?」
もう随分濡れている挙句、ノートと机を拭いた後のハンカチだけど持ち合わせがなかったので借りることにした。
そうだと転がっていったペットボトルを目で探す。
すると、ヘッドフォンの男子がそそくさとそれを拾いに行き、ゴミ箱に捨てた。
案外、いいやつなのかもしれない。
そして、講義が始まり講師が教室に入って来た。
俺を見るなり、講師は困った顔をして言った。
「君、水遊びはこの時期まだ早でしょ。次から家でやってきなさい」
講師のその言葉でどっと笑い声が広がった。
好きでこんなことになっているわけないだろう!
俺はその時、そう叫んでやりたかった。
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