第14話 食堂での雑談

午後の授業が終わると俺たちは3人で一緒に食堂に向かった。

今日はついに天かすマシマシのかけうどんから卒業だ。

なぜなら、ついに実家から仕送りが振り込まれていたからだ。

しかし、だからと言って贅沢は出来ない。

家賃が想定の一番高い金額だから、バイトの給料が入るまでは金欠は変わらないのだ。


「そうだ、仲君」


俺が今日のランチを焼きそばにしようと決断した瞬間、寳月さんに突然声をかけられる。

振り向いて返事をすると券売機からピッという機械音がした。

券売機の方へ目を向けていると俺の指は隣のかけうどんのボタンを押していた。

既に食券は発券され、トレイの上に食券が乗っかっている。


「の――――っ!!」


顔を両手で押さえて声を上げる。

全然卒業出来てねぇ!!

それを見た寳月さんが同情した顔で呟いた。


「不幸ね」


あなたの不幸体質は感染するんですか!?

その、人の事まで不幸って言うのやめて欲しい。

俺はそのまま食券をおばさんに渡し、いつものように天かすをマシマシに入れる。

それを見つけたおばちゃんが睨んできたが、俺も泣き顔で睨み返すと目をそらしてきた。

適当に空いた席を見つけ、3人は席に着いた。

寳月さんはカレーうどん、定盛はAランチ定食だった。

ランチ定食を選ぶ奴は金に余裕がある奴だけだ。

未だに俺は一度も頼んだことないのに、定盛のくせに生意気だと思う。

そう思い定盛を睨んでいたが、なによと睨み返されるだけで終わった。

俺のテレパシーは全然届かなかったらしい。


「そう言えば、関西では天かすのかかったうどんを『たぬきうどん』とは呼ばないらしいわよ」


定盛がAランチ定食を食べながら話し始める。

俺も天かすうどん及び、たぬきうどん(天かすマシマシ)を食べながら答えた。


「は? なら何て言うんだよ?」


話してきたのは定盛なのに知らないのか、さぁと首を傾けた。

話をふってきた人間が知らないとかどうなんだよ。


「『ハイカラうどん』ね」


定盛の代わりになぜか寳月さんが答えた。

『ハイカラうどん』なんて初めて聞く名前だ。

俺は自分の食べているうどんを見つめながら言った。


「どの辺が『ハイカラ』なんだ? 見た目からして全然ハイカラ感ないけど?」


むしろどのうどんよりあっさりしているように見える。

そもそも安上がりな天かすをかけている時点でむしろ貧乏くさい気がした。


「本来は捨ててもいいぐらいの天かすを入れるなんて、『関東の人はハイカラやね』という関西人からの嫌味からきたらしいわ。だから実際は関西でもあまり使われてないみたいよ」


寳月さんがカレーうどんを丁寧に食べながら答える。

隣にいた定盛は感心して聞いていた。


「じゃぁ、あっちで『たぬきうどんください』って言ったらどうなるの?」


今度は定盛が寳月さんに尋ねる。

そもそも定盛が出してきた蘊蓄うんちく話なんだけどな。


「本来、『たぬき』と付くのは蕎麦だけだったの。だから、京都では『たぬきうどん』って言ったら、きつねうどんをあんかけしたものが出てくるそうよ」

「ええ? それじゃぁきつねうどんじゃん!」


定盛は寳月さんの言葉に突っ込んだ。

確かに油揚げが入っていたらなんだってきつねうどんに見えてしまう。


「ってか、なんで寳月さんはそんなに関西について詳しいんだよ」


俺はあまりの詳しさに聞いてみた。

しかもうどんの呼び名とか普通大学生がそんなに詳しく知らねぇだろう。


「うち、元々関西の人間やねん」


寳月さんはものすごく棒読みな関西弁を話した。

絶対、関西人なわけがない。


「寳月さん、それマジ関西の人に怒られるやつだから」


俺は欠かさず訂正しておく。

でもっと寳月さんは続けた。


「関西にないにしろ、私は地方出身よ。だから、今は一人暮らしなの」


それは俺も同じだ。

けど、関西での呼び方とかそんなのは知らなかった。

知っているのは地元のことぐらいだ。


「そうなんだぁ。私は実家暮らし!」


今度は定盛が元気良く答えた。

地方出身者からしたら、実家暮らしとか本当に羨ましい。

一人暮らしを始めてからつくづくそう思うようになった。

こっちに来る前は一人暮らしにも憧れていたが、実際は家に帰ったら自分でご飯を用意しないといけないし、家事だって全部自分でしないといけない。

実家にいた頃は何でも母ちゃんがやってくれて、本当に助かってたわ。

ただ、話し相手だけは困ってないからホームシックにはかかっていないのだけれど。


「いいなぁ、一人暮らし。私、ちょっと憧れちゃうんだぁ。ねぇ、今度寳月さんちに遊びに行っていい?」


定盛は目をキラキラさせて寳月さんにお願いしていた。

定盛は一人暮らしの大変さを何も知らないから、こんなに気軽に頼めるのだと思う。

俺が寳月さんなら絶対お断りだ。

しかもうちにはまどろみさんもいるしな。

しかし、寳月さんは何の躊躇なく定盛の要望を承諾した。


「ほんと! やったー!!」


定盛は嬉しそうにその場で両手を上げて喜んでいた。

2人はもうすっかり仲良しになったようだ。

ぶっちゃけ羨ましい。


「じゃぁさ、パジャマパーティーとかしない? お気に入りの寝巻とか見せ合いっこしてさ!」


女子ならではの話に俺はついていけなかった。

なんなら俺もそのパジャマパーティーとやらに参加したいぐらいだわ。


「でも私、寝巻はネグリジェ派だけど大丈夫?」


寳月さんがとんでもない発言をした。

俺はつい想像してしまい、うどんが口から飛び出しそうになった。

ゲホゲホと咳込むと、何もわかってない定盛が俺に汚いと文句を言って来る。

今のは絶対俺のせいじゃない。


「冗談よ。パジャマは普通よ。仲君はむしろ高校の時の体操着派だったかしら。でも私の母校はブルマとかではないから期待外れだと思うわよ」

「はぁ、変態!」


俺が答える前に定盛が即効で批難してくる。

そもそも最近の体操服にブルマ指定する学校なんてないだろう。

ブルマは既に幻のアイテムなんだよ。

『はみパン』とか死語なんです!!


「体操着派なんかじゃねぇよ! 寝巻は、Tシャツとジャージで充分だろう」


俺は不貞腐れて言った。

実際に俺はTシャツとジャージだ。

これなら、夜中でも辛うじてコンビニに行けるからな。

実家ではパンイチだったけど、さすがにまどろみさんが見ている前じゃ無理だ。


「私はもこもこなルームウェア。可愛くてお気に入りなんだぁ」


定盛は嬉しそうに言った。

実家暮らしで金なんてたいして要らなそうな定盛がパチンコ屋でバイトしているのもこういう無駄遣いが多いからだろう。

その指のネイルもサロンとかでやってもらったら高そうだしな。


「いいわね。私はそういうの持ってないから羨ましい」

「なら、今度一緒に買いに行こうよ! お揃いのルームウェア着るとか良くない?」


2人が盛り上がっている中、完全ハブにされている俺は黙ってうどんをすすった。

どうせこんな時でさえ、俺はボッチですよ。

せっかく女子2人に囲まれて、見た目だけでもハーレム気分に浸っているのに、2人だけで盛り上がったらその気分も台無しだ。

せめてここに俺の気持ちを少しでも理解してくれる男子が欲しかった。

そして、2人から目線を外すと1人カレーを食べている同じ学科のヘッドフォン君を見つけた。

確か前の授業でペットボトルを拾ってくれた奴だ。

そろそろ俺も男友達作りたいなと思いながら、ヘッドフォン君を見ていたら、寳月さんがあと声を上げた。

振り向いていると食べていたカレーうどんが飛び散って服についてしまったらしい。


「不幸ね」


いや、カレーうどんを頼んだ時点で想定できる範囲なので不幸体質は関係ないです。

俺は心の中でそう呟きながら、残りの麺をすすった。

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