第12話 定盛明日香

授業が終わると急いで俺はバイト先に向かった。

既定の時間は既に過ぎていたが、店長は特に気にしていなかった。

店内はすっかり禁煙となったのに、店長の仕事場は全く禁煙にならないらしい。

相変わらず覇気のない顔で煙草をふかせて立っている。


「よぉ、仲君。今日もよろしくね」


彼はそれだけ言って近くの椅子に座った。

店長がこれでいいのかと疑いたくなる。

俺は急いで更衣室に行き、制服に着替えた。

ホールに出ると既に千鳥先輩が働いていた。

千鳥先輩も俺を見ると店長と同じように手を上げてよぉとあいさつした。

ここでの挨拶はそれでいいのだろうか?


「お疲れ様です。今から何をしたらよろしいですか?」


俺はまだ新人なのでここでの仕事を全て把握できているわけじゃない。

だから、まずは先輩を見つけて、こうして指示を仰ぐのだ。

すると、千鳥先輩は困った顔で頭を掻く。

彼の手には箒と塵取りが握られていた。


「今は特にないんだよなぁ。俺も暇だからさぁ、ゴミ拾いよぉ」


彼はそう言って手に持っている掃除道具を見せる。

新人にとって仕事がないと言われるのが一番辛い。

少し困った顔をすると、ならカウンター行ってみる?と千鳥先輩が誘ってくれた。

俺は先輩に続いてカウンターに向かった。

そこには見覚えのある女子が立っていた。

ここも暇なのか、彼女はずっと自分のネイルを眺めていた。


「おい、定盛さだもり! ちょっといいか?」


サボっていたのがばれたと思ったのだろう。

彼女は慌てて自分の手を隠した。


「なんすか? 千鳥先輩」


そして、彼女と俺は目が合う。

そして、お互いに指を指して大声を上げた。


「ギャル女!!」

「陰キャ男!!」


お互いにうん?と首をかしげる。

その間に立っていた千鳥先輩が耳を指で押さえながら俺たちに聞いて来た。


「なに? お前ら知り合いなの?」

「「知り合いじゃありません!!」」


千鳥先輩の言葉につい俺たちは声をはもらせてしまった。

そんなつもりはなかったのだが。


「じゃあ、何なんだよ」


千鳥先輩は呆れながら俺たちを見比べた。

どう考えても、俺たちが仲のいい二人には見えないのだろう。


「同じ学科の生徒なんすよ。こいつ、初日から授業サボる不真面目陰湿生徒なんです」


彼女は俺を指さして言った。

確かに初日に授業を1講義サボったが、それはサークルの先輩に無理矢理連れ出したせいであって、俺としては真面目に出るはずだったのだ。

それよりも、その『陰キャ』ってなんだよ!


「俺は陰キャなんかじゃねぇ。お前こそ、ギャルじゃねぇか」


俺は彼女を見下ろすようにして言った。

彼女はむきになって俺を睨みつける。


「ギャルの何が悪いのよ。そもそもこんなのファッションの一つでしょ? そんなことで偏見持つとかおっさんかっ!」


話せば話すほど腹が立つ女だった。

ああ言えばこう言う質の悪い女だ。

俺はこういう女が一番嫌いだ。

俺たちが言い争っているのを見て、千鳥先輩はまあまあと宥めてくれた。


「仲良くやってよぉ。同じ職場仲間なんだしさ」


けどとまだ文句がありそうな顔をしていたが、そのまま彼女は黙ってしまった。

千鳥先輩もため息をつく。


「じゃあ、悪いんだけどさ。カウンターの仕事、仲君に教えてくれる?」

「はぁ!? あたしがですか?」


納得いかなかったのか彼女は千鳥先輩に迫って訴える。

彼もかなり怯んでいる様子だ。

彼女は俺を見て、すごく嫌そうな顔をして仕方ないとカウンターに入ってくるように言って来た。

俺はその偉そうな態度が気に入らなかったが、言われた通りカウンターに入る。

その間に千鳥先輩がよろしくねぇと手を振って逃げて行った。

俺たちはカウンターの中で二人っきりになった。


「まずはこれを見て店全体のマップを覚えて。来たばかりのお客様は、どんな筐体がどこにあるか聞いて来る人が多いから。後、トイレの場所とか喫煙場所とかもよく聞かれる。1パチとか4パチとか筐体によって金額も変わってくるから気を付けてよ?」


俺は彼女の言っていることがさっぱりだった。

とりあえず、俺は店内マップを凝視しながら覚える。


「ってか、1パチとか4パチって何? 筐体ってパチンコ台の事?」


その質問に対して、彼女は信じられないという顔をした。

俺はその露骨な態度にむっとする。


「そんなことも知らないで、あんたこんなところで働いてるの?」

「しゃぁねぇじゃん。面接で受かったの、ここだけなんだからよ。それにパチンコは基本18歳からだ。ギャルのお前と違って俺はまだ遊んだこともないんだよ」


そう、俺のような田舎の真面目な学生はパチンコとは無縁だった。

たまに親父がすって帰って来て、母さんに怒られてるところは見たことあった。

後はパチンコ玉が家にいくつか転がっていたのは覚えてる。

だけどそれだけだ。


「ギャルって呼ばないで。あたしには定盛明日香あすかっていう名前がちゃんとあるんだから!」


定盛は腰に手を当てて、顔を近づけて訴えてくる。

俺はギャルは趣味ではないが、パチンコ屋の制服はなかなか可愛い。

定盛はマップを引き寄せて、指を指しながら説明した。


「うちはワンフロアだから、基本奥がパチスロ、表がパチンコって決まってるの。で、南側が1円パチンコって言って1玉1円。投入する金額は1,000円だから、1回1,000玉は出てくるわね。加えて、4円パチンコは1玉4円。1回250玉。スロットの場合、玉じゃなくてメダルね。20円スロットは1回50枚。5円スロットは1回200枚出てくるわ」

「じゃあ、1円パチンコや5円スロットの方がたくさん遊べて得じゃん」


俺は単純に考えて答えた。

すると定盛はいかにも俺を馬鹿にしたような目で見てくる。


「パチンコって基本賭け事なのよ。賭ける玉の金額で当たった時の戻る玉の量が違うのよ。それに筐体の上のデータランプに当たる確率なんかを表示してくれるの。この台は今なら当たりやすいですよぉとか、1/99の確率で当たるよとか。だから、時間をかければ当たる確率も上がるけど、その分玉に換える量も増えるから合算してどれだけ儲かったか計算する必要があるわね」


いろいろ教えてもらったが俺にはさっぱりわからない。

そもそも確率とか考えて遊べない。

お客さんの様子を見てたら、退屈そうに画面を眺めながら座っているだけだし、何が楽しいのか全く分からなかった。


「あんたオタクっぽいからこういうのには詳しいかと思った。だってうちの筐体の半分以上がアニメ系の筐体よ」

「誰がオタクっぽいだよ」


俺はイラっとして答えた。

俺としては明るいスポーツ系男子で通しているつもりなんだが、ここでは陰キャなオタクに見えるらしい。

そりゃぁ大学でも存在感が0のはずだわ。

しかも、沖原さんにはオカ研に似合ってるって言われたし。

俺は自分に段々自信がなくなって来た。

そんなじょぼくれてた俺を見た定盛が慰めるように声をかけて来た。


「まあ、仕事するうちに覚えてくるわよ。あたしだってまだまだ新人だし」


定盛は手をもじもじしながら言った。

そういえば、定盛はなんでこんなところで働いているのだろう。

やっぱり金が必要なんだろうか?


「なぁ、定盛はなんでパチンコ屋なんかで働いてんの?」


俺は何も考えずに定盛に聞いてみた。

すると、定盛は気まずそうに答えた。


「……つめ」

「は?」

「ネイルOKの所で働きたかったの! PC作業とか接客メインのとことか基本NGだし、だからって好きなネイル辞めたくないし、あたしだって働けるところあんましなかったんだから!!」


そんなにむきになって言うことでもないのにと思ってしまう。

もしかしてこれはツンデレキャラなのでは?

そういえばエ〇ゲリオンのツンデレキャラもそんな名前だった。

残念ながら寳月さんのように胸は大きいとは言えないが、スタイルもいいし、メイクだってもう少し薄くすれば可愛いかもしれない。

いろんな意味で残念な同僚だと思った。

けど、同じ学科で同じ学部っての何かの縁かもしれないし、俺はもう少しこの定盛とも仲良くやっていこうと思った。

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