2.バイト探し

第10話 お金がない

俺は今、人生の最大の危機に直面していた。

財布の中にあと53円しか入っていないのだ。

これでは自販機の缶コーヒーすら買えないじゃないか!


「だから言ったのにぃ。お金は大事だよ!」


後ろからまどろきさんに財布を覗き込まれながら言われた。

俺は全くわかっていなかった。

1か月とは31日あり、食堂であろうとどこであろうと飯を食うと言うことは金がかかると言うことだった。

仕送りが送られてくるまで後3日。

その前に実家に電話して早めに送ってもらうか、はたまた俺の大事なコレクションを売って金にするか悩んだ。

しかし、仕送りも今はそこそこもらえているが、2か月後には半分に減らされる約束だった。


「バイトだ!」


俺は立ち上がって叫んだ。

こうなったらバイトをして稼ぐしかない。

探せば日雇いバイトもあるし、それで食いつなげばいい。

俺は本気でそう思っていた。



俺は大学内に置いてあったターンワークの無料情報誌を見ていた。

バイト情報はたくさんあったが、1日限りのバイトはなかなか少ない。

ネットで調べても登録制の求人ばかりで、すぐすぐお金が入るなんて美味しい話はなかった。

俺がターンワークを見てると、後ろからまどろみさんが覗いて来た。

何が楽しいのか、ご機嫌で情報誌を眺めている。


「で、仲君はなにすんの?」


まどろみさんは聞いて来る。

何をするっと言っても高校の時もアルバイトなんてしたことないし、何をしていいかわからない。

実家では小遣いが欲しい時は、ばあちゃんの畑の草むしりや荷物運びの手伝いをしてもらっていた。

けれど、そんな仕事はこんな東京とかいにはないだろう。


「見て見て、仲君。ウェイトレスの仕事あるよ」

「って、これメイド喫茶のスタッフですよ? 男の俺が出来ませんから」


まどろみさんはつい情報誌についているイラストを見がちだ。

しかし、なかなかいい仕事がない。

イベント運営の仕事とか憧れるけど、確か田舎の友達が1度して二度としないとか言ってたっけ。

裏はかなりのブラックでヤバそうなパリピの先輩がバイトをこき使うとか。

後は定番のコンビニのバイト、引っ越し業者のバイト、工場での作業でのバイトとありきたりのものが多かった。

一番のネックは応募条件が夜でも18時からとか、週3回以上出られる人とか一応、『応相談』とか書いてあるけれど、学生の微妙なスケジュールにどこまで対応してくれるのか不安だ。

しかも、毎週土日に入れられてしまったら、遊ぶ時間が無くなってしまう。

バイト一つ選ぶだけでも一苦労だった。


「ねぇねぇ、ここにPC入力作業とかもあるみたいだよ、ディスクワークでこの時給ならいいんじゃない?」


再び、まどろみさんが話しかけてくる。


「俺、ゲームは得意っすけど、パソコンとかはからきしダメなんで他の仕事にしてください」


俺はそう言って、情報雑誌をテーブルに開いた状態で置いて、そのままベッドに寝っ転がった。

もっと簡単ですぐ儲かる仕事とかないかなぁと本気で思う。

ただ、大半そんな仕事はヤバいバイトだったりして、犯罪に巻き込まれたりするんだよなぁ。

そんなことをうだうだ考えながら、天井を見上げていると、そこにまどろみさんの顔が突っ込んできた。


「仲君、今すぐお金がいるでしょ? どのみちバイトはしなきゃなんだし、ちゃんと考えなよ」


まどろみさんはむくれた顔で言ってくる。

本当に俺の母ちゃんのようだ。

これじゃあ、1人暮らししている気分には浸れない。

仕方がないと体を起こし、まどろみさんの顔を見た。

そう言えば、まどろみさんは生前は社会人をやっていたと言っていた。

今なら何の仕事をしていたのか思い出すかもしれないと思った。


「まどろみさんはどんな仕事してたんですか?」

「私?」


突然自分の話にかわって驚くまどろみさん。

そして、頑張って思い出そうとしている。


「なんかいろいろやってたような気がする。ディスクワークもやったし、営業っぽい仕事もしたし、軽作業みたいな仕事も……」

「それじゃあ、転職魔みたいじゃないですか?」


俺は呆れて答える。

そうなのかなぁとまどろみさんは頭を摩った。

やはりはっきりとは思い出せないようだった。

それも仕方がないのかもしれない。

すると何かを思い出したように、まどろみさんは大きな声を出す。


「学生の時していたアルバイトは覚えてる。確か、スーパーのレジ打ち!」


どうやら、学生時代のアルバイトは辛うじて思い出したらしい。

しかも、スーパーのレジ打ちとかありきたりすぎだし。


「あれはすごく大変だったな。時間帯になるとすごい行列できるし、ミスしたらすごく怒られるし、始末書とかよく書かされてたよ。お客さんに怒鳴られることも始終だし、大変だったぁ」


まどろみさんが珍しく昔を思い出して語っている。

俺はつい笑ってしまった。


「なんすか。まどろみさんってそんなにミスばっかしてたんすか?」


そういうとまどろみさんはあからさまに頬を膨らます。


「私、ミス少ない方だったんだよ。仕事なんて理不尽なものだから、機嫌が悪いだけでお客さんも怒ってくるし、売り場のスタッフのミスだってこっちに回ってくる。結局こっちが悪いわけでもないのに、謝ってばっかりだったよ」

「そんなところすぐ辞めちゃえば良かったのに。スーパーのレジよかよっぽどマシなバイトなんていくらでもあったでしょ?」


レジのスタッフが大変なのは俺にだって予測ぐらいは出来る。

実際に目の前で客に怒鳴りつけられたり、せかされている場面の見たこともある。

確か、近所のおばちゃんが一時期人手不足のお手伝いで行っていたが、もう二度とやらないと憤慨して戻って来た。

田舎は畑仕事で充分忙しいのだ。

まどろみさんは少し表情を変えて、そうなんだけどねと弱々しく笑った。


「どの仕事も一緒だよ。どこにいっても嫌な事ばっかりだし、辞めたいって思うような事ばっかりだった。けれど、働かなきゃ食べていけないんだし、仕方ないって思いながら仕事してた。でも、仲君。学生の時のアルバイトはまだいいんだよ! 我儘だって多少聞いてもらえるし、時間も短いし、なにより責任が軽い! 今のうちにしたい仕事見つけて、好きに挑戦してみたらいいんだよ。それこそ、嫌なら辞めちゃってもいいんだしさ」


それが出来なかった張本人がそれを言うかと思ったが、確かにバイトは何かしないといけないのだし、とりあえず応募できそうなバイトを探してみた。

夜中のコンビニや警備の仕事は時給が高いが、寝不足で大学に行かなくなる危険がある。

そう考えると、夕方から夜、遅くても10時までには帰れる仕事にしたかった。

俺はもう一度ターンワークを見る。

そして、近くにあったペンを取り出して出来そうなバイトにまずは丸を付ける。

それを見ながらまどろみさんは満足そうにうんうんと頷いていた。

そして、優先順位をつけると上位から電話をかけることにした。

まずはお洒落なカフェとかレストランなどの仕事に問い合わせてみることにした。

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