第9話 決断と仲間

俺は初めての講義を受ける日、大学に早めに来て教室を確かめた。

その教室はなかなか広く、大学ならではの階段式の教室だった。

初日のせいかまだ20分も前だと言うのに、既に多くの生徒たちが集まっていた。

案の定、皆グループを作って騒いでいる。

殆ど奴が後ろの席を取っていて、初日からやる気のなさを窺える。

俺は真ん中から少し前寄りの端の席に座った。

こういう席が一番落ち着いた。

意外にも初日早々ボイコットしそうなギャルが前の方の中央席に一人で座っていた。

人は見かけによらないと言うことだろうか。

俺の反対側の端側にはあのヘッドホンの男子もいる。

そいつも相変わらずヘッドホンをして、周りに興味のない様子だ。

しかし、寳月さんはまだ来ていないらしい。

あの真面目そうな寳月さんが初日からサボるとは思えない。

恐らく講義の前には来て、好きな場所に座るのだろう。

俺はそう思いながら、ポケットから携帯を取り出した。

そして、菱田さんから来たLINKを覗き込む。

そのLINKにはよろしくねと書いたスタンプが送られていた。

特にサークルを勧誘するようなメッセージは来ていない。

逆に沖原さんからのメッセージはしつこかった。

桜坂先輩のかなりきわどい写真とかセクシーな写真を何枚も送り付けてくる。

俺の趣味をしっかり把握しているのがまたいやらしい。

そして、最後に無口な岸部さんのメッセージは長文だった。

一言でも返すとすごい量の文章とスタンプが送られてくる。

しかも絵文字も多い。

そんなに話したいことがあれば直接話せばいいのに。

俺が菱田さんのLINKを見ながら、サークルについて悩んでいると後ろから声が聞こえた。

俺は驚き跳ね上がる。


「オカ研入るの?」


それは寳月さんだった。

まさか向こうから話しかけてくるとは思わず驚いていた。

ついでに俺を覚えていたことも意外だ。


「いや、正直悩んでて。まどろみさんってか、知り合いに相談したらいいきっかけだから入ってみたらって言われて……」


何俺はこんなことを寳月さんに話しているのだろうか。

寳月さんは相変わらず興味のなさそうにふぅんと頷いて終わった。

俺らの会話はなくなり、また沈黙が続く。

しかし、その沈黙は寳月さんによって破られた。


「入ればいいじゃん」


意外な一言だった。

寳月さんは俺には興味がないと思っていたから。

俺は斜め後ろに座る寳月さんの顔を見る。

彼女は頬杖を突きながら俺を見下ろしていた。


「いいじゃんって」

「別にオカルトって言ってもやる事は自由なんだし、仲君は仲君の好きな事すればいいんじゃない?」


そう言われると、ちょっと気持ちが軽くなった。

以前、菱田さんが言っていたようにオカルトと言っても範囲は広い。

それに俺の家には既にまどろみさんという地縛霊がいるのだ。

充分な研究対象だと思う。

俺はサークルを決断する前に寳月さんに質問をしてみた。

以前から気になっていたことだからだ。


「寳月さんはなんでこの帝農大学に入ったの? しかも行動化学科なんて微妙な学科に」


寳月さんは他の生徒たちのように勉強が出来ないオーラも遊び人のイメージもない。

彼女ならこんな学校の、しかも専門があいまいな学部なんて入らないで、もっとレベルの高い心理学科とかに入っていてもいいと思った。


「ここしか受からなかったから」


それは俺も同じだ。

そんな共通点はいらなかった。


「私、不幸体質なんだよね。勉強も嫌いじゃないからさ、受験もそれなりに頑張ったんだけど、第一希望の大学の受験の日にはインフルエンザ。第二希望の大学の受験の日には人身事故に巻き込まれたり、他の受験でも何かとトラブルがあって、結局受かったのがここだったの」

「相当な不幸体質だね」


驚くしかなかった。

寳月さんの見た目からして信じられないぐらいだ。


「そっか、ならそれをオカルトで解明しようと?」


それなら納得がいくと思った。

あまりの不幸体質は非科学的とも言えなくもないし、どうにかしたいと思うのが普通だろう。


「違うよ」


彼女はあっさり否定した。

やっぱり俺の想像するようなオカルトに興味があるのだろうか?


「私が研究したいのは、錬金術。やりたいことがあるの」


錬金術?

俺はいまいちそういうことを知らない。

確か、鉛を金に変えたりするあれか?

なら、化学と何が違うのだろう?


「俺、そう言うのには疎いからさ。錬金術で何をしようとしているの?」


俺はとりあえず聞いてみた。

鉛を金に変えるとかかわいい方じゃないか。


「蘇生」


蘇生?

あの、死にそうになった人を助ける、医療ドラマとかでみるあれですか?

俺が完全に混乱していると、寳月さんは付け加えた。


「要は人の魂の蘇りだよ。死んだ人間の意思を降ろすの。降霊術とはちょっと違うんだけど」


思ったよりだいぶディープでした。

死んだ人間の蘇生とか禁忌中の禁忌じゃないですか。

オカルト女子として倦厭される上位ですよ。

それでも寳月さんは構わないようだった。

彼女は真面目に語っているのだ。

それを何も知らない俺が笑ってなどいいはずがない。


「そっかぁ。俺には特に興味ある事ないかなぁ」


俺は誤魔化すように頭を撫でながら言った。

興味があることはある。

俺は地縛霊のまどろみさんがどうして俺の家にいて、成仏できないかを知りたい。

もしかしたら、オカ研に入ったらその方法がわかるかもしれないと思った。

だから、迷っているわけだけど、そんなことは絶対他人には話せない。

それにまどろみさんは皆には見えないのだし、信じてもらいようがない。


「興味なんて知っていくうちに出来るんじゃない? この学科だってそう言うつもりで受けたんでしょ?」


寳月さんの言う通りだ。

俺は別に行動科学が学びたくて、この大学を受けたんじゃない。

この学科なら受かると思って受けたのだ。

そして、勉強していけば何かには興味を持って、それに向かって勉強していけばいいと思っていた。

それなら、オカ研も一緒なのかもしれない。

俺はもう一度、菱田さんのLINKの画面を見た。

どう答えるべきなのか本気で考えて、まどろみさんが俺に向けてくれた笑顔を思い出した。

大学生活は俺次第。

俺次第でどうだって良くなれるんだ。

そう思ったら、オカ研に入るのもありだと思った。

俺は講義が始まる前に、菱田さんに入部の意思を送った。

そして、携帯の画面をオフにした。



講義が終わり、教室を出ると目の前には菱田さんと沖原さん、そして岸部さんの3人が立っていた。

俺にスマホの画面を見せて笑っている。


「ようこそ、オカルト研究サークルへ! これからもよろしくね、仲君」


菱田さんは嬉しそうな顔で言った。

沖原さんはさっそく俺に近付いて肩を組んでくる。


「俺は仲君を信じてたよぉ。君にはオカ研が似合っている!」

「全然、嬉しくありません!!」


俺は大きな声で叫んだ。

すると、LINKにメッセージが届く。

なぜだか目の前にいるのに、岸部さんからかわいいキャラクターのよろしくスタンプが届いていた。

相変わらず口に出さない人だ。


「ってことで今から食堂行こうぜ!」


沖原さんはそう言って肩を組んだまま、俺を食堂に連れて行こうとしていた。

俺は必死に抵抗する。


「俺はこれから講義があるんです。初日からサボれないですよ!」

「まぁ、いいから、いいから」


菱田さんも沖原さんに賛同して俺の背中を押した。

講義の初日からボイコットをしたのは俺の方だったようです。

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