第8話 人生相談

俺はあれからコンビニで晩飯を買ってマンションに帰った。

自分の部屋のドアの前に立つとき、少しだけ緊張する。

1人暮らしのはずなのに部屋には俺以外にもう1人いるからだ。

ここは一度チャイムを押して入った方がいいのかとか、部屋に入ったらただいまとか言ってた方がいいのか、それとももっと自然体で入っていけばいいのか正直、悩む。

まあ、チャイムを押したところで物が触れないまどろみさんが出られるわけじゃないし、俺は普通に鍵を開けて部屋に入った。

部屋の中は真っ暗で音一つしない。

こうして見ると、やっぱり俺は一人暮らしをしているんだと実感する。

それでも俺は聞こえるか聞こえないかわからない程度の小さな声で言った。


「ただいま」


そして、扉のすぐそばにある電気をスイッチを付ける。


「おかえり!」


明かりがつくと、俺の前に突然まどろみさんの顔が現れた。

俺は驚きのあまり後ろ向きに転んでしまった。

その時、扉に思い切り頭をぶつけて大きな音が鳴る。


「びっくりしたぁ。いきなり出てこないでくださいよ!」


俺はまどろみさんに向かって怒鳴った。

ぶつけた頭がひりひりと痛い。


「ごめんごめん。けどさ、ただいまって言うなら大きな声で言ってよ。奥の部屋にいたら気づかないじゃない」


そうは言っても地縛霊相手にただいまとか言うなんて頭がどうにかしたと思われてもおかしくない。

まどろみさんはこっちの気まずさがわからないのだ。

不満そうな顔をしている俺を見て、まどろみさんは首を捻った。

そして、手に持っているコンビニの袋を見つける。


「ああ! また晩御飯、コンビニ?」


まどろみさんは両手を腰に当てて怒っている。


「帰り道の途中あるから楽なんですよ」

「楽なのはわかるよ。けど、仲君はあんまりお金持ってないんでしょ? なら少しでも節約してスーパーで買うべきだよ。コンビニのお弁当はだいたい600~800円。スーパーのお弁当なら500円以下で買えるでしょ?」


お前は俺の母ちゃんかと思うほどこういうことにはうるさい。

昨日買ってきたコンビニのスパゲティーを見て、家で作ったらその半分の値段で作れると豪語していたし。


「ちょっと歩くけど、スーパーいしいだったら、お弁当398円だよ。味噌汁も業務用スーパーで売っているマヌコメの即席生味噌汁徳用21食入り買ったら、1杯分が12円で済むんだから」

「って、なんでそんなことは覚えてて自分の事は忘れてんすか?」


俺はそうまどろみさんに突っ込んだ後、コンビニ弁当を電子レンジに入れて、温めを始めた。

めんどくさがらずにコンビニで温めてもらえば良かったと思った。

つい、店員さんに何か質問されると、「大丈夫です」と言ってしまう癖がある。

タダなんだから、そこは甘えれば良かった。

とはいっても、まどろみさんは細かすぎる。

普通徳用味噌汁の1杯分の金額なんて把握していない。

昔、どんなけ貧乏だったんだよと言いたい。

めんどくさいから言わないけど。



俺はリビングで弁当を食いながらテレビを付けた。

いい番組がないと、俺は何度かチャンネルを変える。

まどろみさんもここぞと言うばかりにテレビの前に座った。

俺がこうやってスイッチを押さないとまどろみさんはテレビを見ることも出来ないのだ。

いい番組がないと判断した俺は、速攻でテレビの電源を切る。

まどろみさんは残念そうな声を上げた。


「せっかくの数少ないテレビ鑑賞の時間だったのにぃ。せめて、あの動物特集の番組見ようよ!」


まどろみさんは目をキラキラさせて、テレビを指さした。

しかし、俺はそれを無視する。

すると今度は俺に近づいてせがんできた。


「せめてYOTUBEとか見ようよ。検索すれば面白い動画あるかもよ?」


しかしこれも俺は無視をする。

せがむのはいいが、まどろみさんとは全く接触できず、すり抜けてしまうのだからどんなに近づいて来ても嬉しくない。

せめて、その大きめの胸が腕に当たるとか特典があるなら多少やる気も出るのだが、これでは要望を聞いてやろうと言う気にはなれない。


「つまんないの。で、大学はどうだったの?」


まどろみさんは投げっぱなしにされた俺のスーツの上着を見ながら言った。


「普通でしたよ。入学式参加して、ガイダンス聞いて、教材買って」

「サークルは? 初日からサークル勧誘とかあったでしょ?」


彼女は興味津々で俺に聞いて来る。

俺はその言葉を聞いた瞬間、むっとした顔をした。

まどろみさんも何事かと困惑している。


「勧誘されましたよ。たくさんあるサークルから1つだけ。しかもオカ研! 俺ってそんなに魅力ないんすかね?」


大学であった出来事を思い出すと俺はむしゃくしゃして、お弁当を掻き入れるように食べた。

今は食べることでしかストレス発散が出来ない。


「オカ研?」


まどろみさんは聞き返してくる。


「オカルト研究サークルですよ。美人な先輩と可愛い同級生がいたから入ってもいいかなって思ったんすけど、俺、オカルトとか全然興味ないっすから入っても仕方ないっすよ。それに、美人の先輩も基本神出鬼没な変わり者だし、可愛いと思っていた同級生は全然俺の事覚えてくれないし、もういいって感じっす」


完全に八つ当たりだった。

初日から友達が出来る気配もないし、サークルからは殆ど勧誘されないし、大学に来て自分の居場所はないことに気づき、がっかりしているのだ。


「いいじゃん、オカ研。入ってみれば?」


能天気な顔をしてまどろみさんが言った。

俺はかちんとして彼女を睨む。


「オカルトですよ? そんなサークル入ったらますます友達とか出来なくなるじゃないですか!? そもそもうちの大学、入学早々友達同士のグループとか既に出来てたし、俺の入る隙なんてなかったんすよ。このままじゃ、彼女どころかぼっちのままで卒業っすよ」


俺は完全不貞腐れていた。

こんなことを言ったら、まどろみさんにまで呆れられるだろうと思ったが、そうでもなかった。


「確かにねぇ、初日って何となく心細いから知り合いとかいたらつい群がっちゃったりするよねぇ。けど、それは最初だけだよ。気が合うとか気が合わないとか関係なく、今は知り合いだっていう安心感だけで側にいるだけだから、そのうちそんなグループもバラバラになって、気の合う同士で友達になれるよ」


まどろみさんは明るくそう言った。

確かに俺も同じ大学に知り合いがいたら、たいして仲良くなくっても一緒にいたかもしれない。

高校の時は正にそうだったからだ。


「それにさ、オカ研も楽しいかもよ。だって、そのサークルは君がオカルトに興味ないってわかっていても誘ってくれたんでしょ? それって仲良くできる大切なきっかけなんじゃない?」

「でも、サークル勧誘なんて人数合わせで、ぶっちゃけ誰でもいいんじゃないんすか?」

「なら、自分に全く興味も持ってくれないサークルに入る?」


まどろみさんは俯いていた俺の顔を覗くようにして言った。

俺は返す言葉がなく、黙ってしまった。


「大学はさ、いい意味でも悪い意味でも自由なんだよ。だから、仲君が本当にいいなって思うように行動したらいい。ボッチのままでもいいし、気になる子に声かけて仲良くなるのもいい。行動次第でどうにでもなるんだよ」


そう言ってまどろみさんは笑った。

大事なことは忘れているのにこういうことばかりは覚えている彼女。

でも、その言葉が俺の為に言っていると言うことだけは理解できた。


「最高のキャンパスライフにするんでしょ! 頑張って!!」


まどろみさんは俺に握りこぶし二つを掲げて元気づけてくれた。

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