第7話 寳月朱音さん
凝視されていることに気が付いた彼女が俺の方を見る。
たじたじしている俺の横で、珍妙な物でも見たような顔をしていた。
明らかに彼女の方は俺の事を覚えていない。
同じ学科で、しかもさっき購買でも会って言葉まで交わしたというのに、全然意識さえされていなかった。
よく考えれば、言葉は交わしたけど、彼女は俺の顔を一度も見ていなかった気がする。
俺はこの大学でどれだけ存在感がないのかとショックを受けていた。
「難しい漢字だね。この名前、なんて読むの?」
菱田さんが入部届の用紙を見て、彼女に質問する。
彼女も菱田さんの方に向き直して答えた。
「
「ほうづきって言うんだぁ」
菱田さんは感心したように言った。
俺も彼女の名前をちゃっかり覚える。
あかねちゃんか……、かわいい。
しかし、ここまで印象が持たれない俺は彼女と仲良くなれるのか疑問だった。
しかもオカ研に入るような女だ。
普通の女子とは感覚が違うのかもしれない。
落ち込んで床にへばりついているそんな俺に、沖原さんがしゃがみ込んで周りに聞こえないような声で話しかけてくる。
「君もさぁ、諦めてオカ研入ろうよ。入ったら入ったで楽しいよ」
「何が楽しいんですか?」
俺は泣きながら聞き返した。
「オカルトってさぁ、意外と女子の方が興味あったりするのよ。桜坂さん筆頭にうちには可愛い子が集まって来るからさ、君にも悪い話じゃないと思うんだよね」
沖原さんの言葉で俺は半身起こして、食い入るように聞く。
「他にも女子っているんですか!?」
「いるいる。後2人はいるよ。そもそもこの帝農大学は全体的に男子の方が多いんだよ。オカ研みたいに女子率高いサークルなんてないって」
沖原さんはそう言って、俺にウィンクをして親指を上げる。
ついに俺にも希望が出て来たらしい。
この際、なんの活動をしているサークルかなんて問題じゃない。
現に目の前に今、大人し系巨乳女子と女王様系セクシー女子がいることは間違いないのだ。
寳月さんと仲良くなるためにもオカ研に入って、ハッピーキャンパスライフを送るんだ!
そう決めた俺はその場で手を上げた。
「はい! 俺も入ります」
菱田さんは俺を見て驚いていた。
沖原さんは嬉しそうに何度も頷いた。
そして、一番嬉しそうにしていたのは桜坂先輩だった。
「ほほぉ。やっと入る気になってくれたのね」
彼女はそう言って、俺の顎をくいっともちあげる。
そんな風にして俺を見定める姿も超セクシーだ。
しかし、よく考えると今はあの寳月さんを目の前にしているのだった。
俺はつい彼女の反応が気になって、横目で彼女の表情を窺った。
彼女は死んだ魚のような目でこちらを見ている。
その反応はどういうこと!?
軽蔑しているってこと!?
ひとまず俺は桜坂先輩から距離を取る。
この人の側にいたら、正常ではいられそうにないからだ。
「いいわね。これで2人ゲットじゃない。菱田君、後は君に任せた」
彼女はそう言ってその場から立ち去って行った。
俺はその光景を茫然と眺めているしかない。
散々俺を
俺は理解できず、困惑する。
すると、菱田さんが桜坂先輩の代わりに謝罪を入れた。
「ごめんねぇ。あの人はああいう人だから、気にしないでね」
「ああいう人って……」
そう言われて俺の心にどう決着を付けろと言うのだろうか。
そしてまだここにも非常識な返答をする者がもう一人いた。
「別に気にしません。私、オカルト研究がしたいだけなんで、最悪1人でもかまいません」
寳月さんは、大人し系というより、冷めた系の女子だった。
しかも1人でオカルト研究って何をするのかも気になる。
「そんなこと言わないでさ、せっかく同じサークルになったんだし仲良くしようよ」
菱田先輩は必死で宥めていると後から2人、サークルのエリアに近付いてきた。
「今年も何とか部員集まりそう?」
そう話しかけてきたのは女子だった。
確かに女子が2人いる。
1人は目が細くて、身体も細くて、そばかすの濃い、イメージとしては赤毛のア〇のような女性だった。
そしてもう1人は黒髪を前髪含め伸ばしていて、肌は色白く、目の下のクマが目立つ貞〇のような女性だ。
俺は、速攻で沖原先輩の方を見る。
彼は完全に俺から顔をそらしていた。
俺は瞬時に沖原先輩の前に立って質問する。
「沖原さん、可愛い子が集まるって言いましたよね?」
沖原さんの顔は既にひょっとこのような顔になっている。
「確かに言ったよ。集まって来るって。でも、サークルメンバーとは言ってない」
「詐欺じゃないですか!?」
「詐欺じゃないよ。後何人いるのかと聞かれて2人って言ったの間違ってないでしょ?」
確かに間違えではない。
サークルに集まるとは言ったが、確かにサークル部員とは言ってない。
俺は沖原さんにしてやられたのだ。
しかし、ここで入りませんなど言ったら、心象も悪いし、目の前の先輩たちにも失礼というもの。
俺は一旦保留にしてもらって、家に帰って検討させてもらうことにした。
正直、このことを知ったら桜坂先輩がどんな反応を見せるか不安だったが、俺の大事なキャンパスライフ。
こんな場所で棒に振るわけにはいかない。
「そっかぁ。でもまあ、時間はあるし、ゆっくり考えたらいいよ」
何処までもまともな菱田さん。
むしろ菱田さんがどうしてオカ研なんかにいるのかわからない。
もしかしたら、あの桜坂先輩の色気にやられて無理矢理入らされたのかもしれないし、しかし俺はあえてそこは聞かないことにした。
隣りにいた寳月さんも相変わらず俺を珍生物でも見るような顔で見ていた。
その目線が今の俺にはきつい。
「とりあえず連絡交換はしとかない? 別にサークルに入らなくても大学は一緒なんだしさ」
菱田さんはそう言ってスマホを取り出した。
確かに今の俺にはこの大学に知り合いといえる人はいない。
サークルだってどこに入るかも決めていないし、寳月さんと仲良くなれるか正直自信がない。
そう思えば、菱田さんと仲良くなっておくのも悪くないと思った。
「じゃ、LINKのマイQR見せて。僕、登録するから」
俺は菱田さんに言われた通り、スマホを開いてLINKのマイQRを出して、菱田さんに見せた。
菱田さんはそのQRを登録するために、スマホを俺のスマホの上に重ねる。
そのタイミングで沖原さんと岸部さんも俺のマイQRをスマホで登録した。
「ちょっと何勝手に人のQRとってるんですか!?」
俺が突っ込むと、沖原さんはふんと鼻で笑って答える。
「俺たちも仲間に入れろよ。これからも仲よくしようぜ」
隣りにいた岸部さんも声は出さないものの、何度も頷いて見せた。
俺はそんな2人を見て、大きくため息をついた。
「僕は菱田。そして、背の高い方が沖原、背の低い方は岸部っていうんだ」
菱田さんは丁寧にも自己紹介してくれた。
会話の内容でだいたい把握はしていたが、ここは頷いて見せる。
すると今度は女子2人も自己紹介をする。
「私は
丁寧にフルネームで教えてくれた。
平野さんは貞〇と一文字違いなんですね?
しかし、思ったよりは感じのいい先輩たちだった。
「君の名前も教えてくれる?」
菱田さんが俺に聞いて来た。
俺も皆の前で自己紹介をした。
「1年の仲正晃です」
そして、寳月さんの自己紹介は最後までなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます