第5話 大学生活開始

ついに俺の大学生活が始まった。

セールで買え揃えたリクルートスーツを身にまとい、俺は入社式の会場まで急いだ。

俺の周りにはたくさんの新入生たちが、俺と同じようにスーツを着て大学内を歩いている。

着慣れない服、歩き慣れてないキャンパス。

スタートはみんな一緒だ!

きっとこの中に俺の友達となる人物もいるのだろう。

大学でたくさん友達を作って、最高のキャンパスライフにしたい。

そして、出来れば素敵な出会いをはたして、可愛い彼女もゲットしたい。

もしかしたら、その子といずれは結婚なんかしちゃったりして、結婚のきっかけは何?とか誰かに聞かれて、

「え? 大学の時からの付き合いかな」

みたいなよくあるパターンの解答とか、むしろ憧れる。

俺の大学生活は希望に満ち溢れているとそう信じていた。


そんなことを頭で考えていると、目の前にいた新入生の男子に後ろから誰か声をかけてきた。

彼が振り向くと、知り合いだったのか親しげに挨拶を交わしている。

そして、そのまま楽しそうに話をしながら会場に入っていた。

横にいた女子も同じだった。

友人らしき人物に声をかけて、嬉しそうにはしゃいでいる。


ん?


もしかして、ぼっちなのは俺だけか?

ここ、帝農大学は都内屈指のバカ大学だ。

名前を書けば合格なんて噂もあるほどだった。

そこにわざわざ地方から金をかけて入学する者は少ない。

俺の場合は実家が田舎過ぎて、大学に行くのも一苦労だから、結局一人暮らしは必須で、それなら一層都内に入学してしまえと思い受験したが、そんなのむしろ稀なのかもしれない。

俺は入学早々、完全に周りからおいていかれていた。

すっかりグループが出来上がっている会場の中で、静かに席に着く俺。

たまに人にぶつかって、ごめんと謝られるぐらいが会話で、その人物もその後、知り合いの方へ駆けて行く。

今の俺、超惨めなじゃない?

しかし、大学生活もこれからだ。

俺は自分にそう言い聞かせて、入学式に参加した。


入学式が終わると、その後、各学科ごとに分かれて説明会を受ける。

この時も既にほとんどの生徒たちにグループが出来ていて、知り合いの1人もいない俺はアウェイだった。

中には何人かぼっちもいたが、1人は最初からボッチ希望のヘットフォン男子。

後は、いかにも大人しそうな女子やギャルっぽい女子。

もう、このギャルなんて明日から授業をボイコットしそうな勢いだ。

俺は大きなため息をついた。


説明会が終わると、必須科目以外の授業の選択の用紙と必要な教材のリストが渡される。

これを持って、購買に向かい、自分で教科書を揃えろということだ。

そういうところは高校の時と全く違う。

授業だって卒業科目の必須科目以外は自由に選べる。

授業によっては単位を取りやすい講義と取りにくい講義と様々だ。

人気の講義は抽選になるし、時間割も自分で決めないといけない。

曜日によっては授業の量も調整出来るし、どうするかは自分次第なのだが、それでも1年の頃に早めに単位を取っておかないと、単位が足りず卒業できないと言う可能性もあった。

俺は講義の選択については慎重に選ぶことにして、ひとまず教材を買いに行くことにした。


購買に向かうとすごい行列が出来ていた。

ここには新入生だけが買いに来るわけではない。

他の2、3年生も買いに来る。

俺はその行列に並びながら、今後どうしようか考えた。

このままだと友達がいないまま卒業してもおかしくない。

対策の1つとして、グループが出来ていることを気にしないでグループに突っ込んでいくパターン。

しかし、これはかなり勇気がいる行為だ。

話しかける時、高確率で一瞬しらけたムードになる。

追い出すのも可哀そうとか思って、入れてはくれるが話にもテンションにもついていけず、結局集団内のボッチとなりかねない。

もう1つは学科は諦めて、サークルに入ってそこで友達を作る。

先輩との繋がりも出来るし、友達も作りやすい。

サークル活動という共通の話題もあるし、青春を送るのに最適な場所だ。

しかし、そのサークル選びは今後の大学生活を大きく左右する。

例えば、パリピ的な集団が集まるサークルに入ると、夜中に無理矢理クラブなんかに呼ばれて犯罪まがいな事に巻き込まれたりする。

上下関係が激しくて、逆らえないってことも多い。

他にもスポーツ系のサークルに入った場合、なぜ有力チームでもないのにやる気だけは人一倍で練習量が半端ないというケースも。

むしろ高校の頃と変わりないし、その場合は大半男くさい。

彼女を作ると言う大切な課題もクリア出来ないし、ひどい場合はバイトする時間も取れなくなる。

これでは俺が理想とした大学ライフは送れそうにない。

やはりサークル選びも慎重に選ばなくてはいけないようだ。

今から向かう校門の前には、既にサークルの部員集めのお祭りが繰り広げられている頃だろう。

その勢いに負けて男くさい部活なんて入って見ろ。

悪夢しか待っていないじゃないか。


俺は1人、首を横に振っていた。

すると手に持っていた教科書リストの紙を地面に落としてしまう。

親切にも後ろにいた人がその紙を拾ってくれた。


「ありがとう」


俺は出来るだけ感じよくお礼を言った。

そこにいたのは同じ学科のおとなしそうな女子だった。

彼女の事を俺が見間違えるはずがない。

なぜなら、俺が胸の大きな女子を忘れるわけがないからだ。

しかも、よく見ると顔も可愛い。

巨乳で可愛い大人し系女子とか既にルール違反だ。

俺は目の前にしただけで赤面してしまった。


「どういたしまして」


彼女も小さな声でそう答えるだけで、それ以上何も言わなかった。

これは運命の出会いなのでは?

同じ学科の子が、このタイミングで後ろにいるんだぞ。

話す事なんていくらでもあるだろう?

「同じ学科だったよね」とか、「教科書どれ買うかわかる?」とか、「選択教科は何にするの?」でも何でもいいはずだ。

ただ見ず知らずの男が、こんなか弱そうな女子にいきなり話しかけてもいいものだろうかと悩む。

ここで話しかけて、怖がられても嫌だ。

俺の知る限り、こういう時の女子の反応は話しかけられるだけですごく嫌な顔をする。

「何こいつ話しかけてんの?」みたいな、若干軽蔑したような眼差し。

あの顔をされるだけで、1日中へこむんだよ。

そう考えると、俺はなかなかその子に話しかけていいのか決断できなかった。

むしろ、彼女の方から話しかけてくれるきっかけを作れれば問題ないのだけれど、名案なんて浮かぶわけないし、本気で悩んでいだ。


「あ、君たしか、同じ行動科学学科の子だよね?」


俺が話しかける前に、彼女の後ろにいた男が彼女に話しかけていた。

その男の後ろには男の知り合いと思える男たちが何人かいた。

彼女も驚きはするものの、小さな声で返事した。


「あ、はい」

「なぁんだ。オレ、内村! せっかく同じ学科なんだし、仲良くしようよ」


『内村』な!

俺は速攻でそいつの名前を覚えた。

なんなんだ、このいかにも軽そうな男は!!

俺はそう思いながら内村を睨んでいると、それに気が付いたのかあっちの方も俺を睨んでくる。

俺は慌てて後ろを見ないようにして、前に向き直した。

先を越された!

俺が悩んでいる間に、あんな男に声をかけられてしまったのだ。

これでは俺が今更声をかける余裕なんてない。

可愛い女子と知り合えるせっかくの機会を逃してしまったのだ。

俺は自分で自分を責めつつ、順番が回って来たのでそのまま大人しく教科書を買いに行った。

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