第55話

 さっきの沼は転移魔術の一種か。

 僕のと比べれば天と地ほどの差があるほど劣っているが、転移系統の魔術はレアらしいからアレでも優遇されるのだろうな。


 転移された先は薄暗い地下空間だった。錆びて朽ちている家々に、高低差のある地形。過去に繁栄した地下街の跡地だろう。


「さて、お嬢さん……いや、リンネちゃんと呼べばいいかな」

「おーっほっほ! 流石にワタクシの正体はバレていましたね。その通りですわ〜!」

特異人イレギュラーである君が、なぜ僕に構うのかと思ってね」

「それは立派なお胸に手を当てて思い返してみればよくって?」


 どうやら侵入したことはバレているらしいな。本当の正体はバレていないっぽいが、特異人イレギュラーというだけで面倒臭い。

 穏便に済ますのはもう無理だろう。


「……侵入者を排除する、ってわけだね」

「ご名答ですわ〜!」

「っ!!」


 リンネは親指と人差し指を立てて銃の形を作り、を僕にめがけて放ってくる。体をひねって躱したが、頰にかすり傷がついて血が垂れる。

 物体ではないし、魔術の類とは少し毛色が違うような……。僕の体に傷をつけられるのは中々の攻撃力だし、不思議な感覚だな。


 腰のホルスターに手をかけ、拳銃を構える。


「奇しくも同じ構え、ってやつだねぇ」

「そうみたいですわね。久しぶりに手応えのあるバトルになりそうですわ♪」


 引き金を引き、弾丸を出せるだけ放出させる。同時にリンネも指先から何かを数発放出する。

 どちらも持ち前の運動神経で避け、木々や地面、岩に当たって様々なものが壊れ、砕けた。

 そして、同時に発動させた。


「へぇ〜?」

「ふぅん♪」


 砕けた岩の欠片や木の幹。壊れたもの全てが物理法則を無視した動きをして僕らに襲いかかる。


(僕がしたのは魔力の伝導……。弾丸に己の魔力をこめ、被弾した物資に魔力を流し込み、それを自由自在に操る。

 ……リンネも同じことを? いいや、違和感がある。何か別のがあるな)


 迫ってくる物体に対して、脚を横に一薙して振り払った。リンネは拳で全て叩き落としていたようだ。


「やるね、リンネちゃん」

「おほほ、そちらこそ」

「ギアを上げようか」

「喜んで受けますわ♪」


 どちらもニコニコと余裕ある笑みから、目の前の相手を倒す殺意の目と不敵な笑みに変わる。


 地を蹴り、ほぼゼロ距離の間合いの戦いに移行した。拳が目の前から延々と離れない至近距離の戦闘。

 拳をギリギリで避け、蹴りを入れ、それを躱される。弾丸を撃っても避けられ、僕も放ってくるナニカを避ける。


 ……だが、ずっと違和感がある。

 ずっと、何かをされているような……。


 気にしてもわからない。わかる前に、ケリをつけよう。


「よっ!!」

「っ!?」


 顎を目掛けて放った脚は軽々と避けられる。しかし、その脚を思い切り振り下ろして大地を揺らし、割った。

 リンネの体が宙に浮き、指先もこちらを向いていない。


(これは……入る)


 ――ドンッ!!


 僕が放つ弾丸は、リンネの右腕の関節部を貫いた。

 ……だが、瞬きをした途端にそれは塞がる。そして向いていなかったはずたのに、こちらに指差している。


(攻撃の無効化? いや違う。これはそんなんじゃない。これは因果改変の……しかも禁止と言われている――)

「隙ありですわ〜〜っ!!!!」

「あー……」


 「バリッ!」と何かを貫くような音が響き、右腕に衝撃が走った。黒い袖は見る間もなく、右腕からは血が吹き出て力が入らない。

 少し油断してしまったようだな。


「おっほっほ! 少しはやるようでしたが、やはりワタクシの体質には敵わないようですわっ!!」

「痛たた……。見るに、時間系のものかな。それもかな?」

「! ……本当に、貴女は何者なんですの?」


 変わらず優しい笑みを浮かべながら僕がそう言葉をかけると、初めてリンネの顔が崩れて汗を垂らした。

 図星かな。


「……まぁ良いですわ。貴女の力を認め、特別に教えてあげますわ。

 ワタクシの特異体質――〝時の咆哮アタラクシア・テロス〟。過去に自由に戻ることができ、戻った分の時間を体に吸収、そして質量を持った概念として放出することができますの♪」

「成る程。近接選の時も何度かしていたんだね」


 本来、「過去に戻る」という行為をしてしまうと、すぐに破滅が待っている。自分が戻った世界、自分だけがいなくなった世界、そこから新たに分岐された何万もの世界に自分は耐えられず、死ぬ。

 だがリンネはすることで世界の分岐を回避している、と。


「いやぁ。強いね、君」

「おほほ♪ そうでしょうそうでしょう」

「けどね、経験不足だよ」

「えぇ? 何が――」


 ――ドォンッッ!!!!


「な……え……?」


 リンネの右腕の関節部からは血が吹き出て、脱力をした。

 何が起きたかわかっていない様子だが、とにかく時を戻そうとしたみたいだ。しかし治ることはなく、リンネの顔は困惑に染まり上がる。


「も、戻しても、血が止まっていませんわ……!? 撃ったであろう前に戻しても!!!」

「君の敗因は慢心だよ、リンネちゃん」


 リンネの左横まで移動し、ぽんと肩を叩く

 もちろん、右腕はまだ動かない。じゃあなぜ動けるのかって?


「す、スライム!!?」

「ご名答だよ。最近、体の一部をスライム化させるだけでなく、ジェルを出して動かせるようになった。だから、これを使って引き金を引いた」

「け、けど、なぜ、治らないんですの!? 時を戻しても治りませんの!」

「それも簡単だよ。ふふ、頭が良さそうに見えたけれど、案外可愛らしい一面もあるんだね」


 魔術で完全に動きを封じた後、僕は説明をし始めた。


「僕のこの肉体は刀術が使えない。その代わり、銃術が秀でてるんだ。

 僕がしたのは早撃ちだよ。コンマ何秒とかの次元ではなく、。……言い換えれば、だよ」

「は、はぁ!? わ、笑えてしまいますわ……」


 次元が斬れる刀術を使えるし、次元を超える銃術なんか造作もないってこだ。

 例え時を吸収できようが、精々数秒の時間だろう。なので、それよりももっと前に向けて弾丸を放った。


(は、初めてワタクシ負けましたわ……。この人物、いや、このお方こそがかもしれませんわ!

 彼女こそ――心の友ライバルというやつですわ〜!!)


 ……なんか、さっきまで苦渋を飲まされているようなリンネの顔が輝き始めたぞ。イアやシアンとは違うベクトルの面倒くささを感じる……。


 兎にも角にも、特異人イレギュラーの襲撃を無事対処できてよかった。



[あとがき]


城下町の国民の約4割+特異人イレギュラーを手駒としたアスミ。

果たして次はどんな手を打つのか……!?

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