第47話

「はぁー……。あと一息か」


 魔術の解析を始めて数時間。

 あたりがすっかり暗くなって皆が眠る時間帯に、僕はロウソクの火で照らされた紙から目を離して伸びをした。

 最終段階ではシアンやノクテムに手伝ってもらうことはないので、今は貸してもらった空き部屋でスヤスヤと眠っている。


『お兄さんお疲れ様〜! あたしのおっぱい揉んで休憩する?』

「アホか、まず触れないし」

『触れたら揉んでたと?』

「ち……違う」


 触れるものなら触ってみたいが、フィアンマ王国から永久追放されそうだから触る気は起きない。

 シアンは実質何カップにもなれるから、今度させてもらおう。


『にひひ! じょ〜だん! まだ誰にも揉ませたことないんだから揉ませないよ〜んだ。はい、紅茶淹れてきたよっ。た〜んとお飲み?』

「ん……まぁありがとうニンファ。……亡霊状態(?)でも紅茶淹れれるんだな」

『えっへへ〜ん! 少しは労ってあげたいからね! ……でも、これのせいで前に解呪しようとした人は逃げ出しちゃったけどー……』

「ゴーストも何もいないのに物が勝手に動いたら恐怖だしな。ズズッ……あ、美味い」


 それにしても、解析すればするほど昔のことを思い出す、嫌な魔術だ。まさか本当に……いや、あるわけない。

 心を落ち着かせるため、紅茶をもう一度啜った。


『……それにしても、あたしのためにすご〜い頑張ってくれてるんだねぇ。お姉ちゃん惚れちゃいそうだよ!』

「お前のためじゃない、自分のためだ」

『……そっか。にひっ』

「? 何がおかしい?」

『いーや? あたしのおにーちゃんもさ、いつも同じようなこと言ってた。「自分のためだ」って言って、ボロボロになりながらあたしを守ってくれてた』

「……そうか」


 半々だ。僕が店を開業するためと、ニンファを救うために全力を注いでいる。けどこれ以上の全力は出さないつもりだ。

 犯人が特定できてもまぁ……適当に騎士にやれせらばいいと考えているし。


「そのお兄さんとやらは…………いや、やっぱ何でもない」

『にひひ! 察しがいいんだね。……そう、おにーちゃんは殺されちゃったから』

「そうか……。悪かったな」


 妹の重体で隣国から推薦があった者が遣わされた。それでニンファの言葉からシスコンっぽい疑惑の兄が来ないわけがない。

 推測に過ぎないが、どうやら当たってしまったらしい。


「よし、解析完、了……――は?」


 魔術の解析が完了し、これを発動させた人物が判明した。しかしその人物は、〝僕〟が〝俺〟だった頃の知人だった。

 知人と言っても、僕がこの手で殺したはずの野郎だ。


「……〝パルペブラ=クリムゾン〟」


 いや、気のせいだ。たまたま同じ名前なだけだ。なんせ数万年前のやつだ、同じ名前のやつが現れたとておかしなことはない。

 同じ隠蔽魔術が得意で同姓同名なだけ。〝ダーク・プリズン〟とかいう犯罪組織のリーダーなんかじゃ……。


『え……その人、あたしのおにーちゃん殺した人……。……』

「…………」


 何故だ。

 何故アイツが生きている……アイツは、


《――アッシュおにいちゃん――》


 まだ僕が普通の人間の寿命を全うしていた頃、妹を殺したアイツが何故……。今はとにかく落ち着け。

 ニンファには嫌な思い出を掘り返すことになってしまうだろうが、知っていることを全て話してもらおう。


「ニンファ、その組織と人物について知っていることを話してくれないか」

『う、うん……。パルペブラって人は、このフィアンマ王国で結構な権力を持ってる犯罪者なんだ』

「犯罪者なのに権力を?」

『うん……国も認知してるんだけど、強制捜査しようにも証拠が何一つ見つからなくって異議申し立てしたんだ。そこからさらに独立するようになったって』


 奴の魔術は隠蔽に特化している。完全犯罪なんてお手の物。捕らえて殺すのに数年かかったほどだ。

 だが逆に考えれば、このニンファに対してなんらかのことをしでかそうとしているが、証拠が出ている。完全犯罪が出来ないほどの力をニンファが持っているといわけだ。


『フィアンマ王国の東西に地下拠点を築き上げてるとかなんとかだって。最南には誰にも話してない拠点があるらしい』

「……なんで誰にも話してないことを知っているんだ?」

『自分でもわからないけど、あたしが眠ってから情報が頭に入ってる……』


 情報共有という自分が不利になることで、確実に魔術を展開させる魔術か。昔から変わらず厄介な奴だ。


「場所は特定できるし……よし。ありがとうニンファ。ちょっと行ってくる」

『ま、待って!』


 椅子から立ち上がるや否や、ニンファが叫ぶ。


『おにーちゃんは数年前、お兄さんと同じことを言って拠点に行った……! そのおにーちゃんは、わざわざあたしの目の前に連れてきて、目の前で殺された……何時間もかけてゆっくり殺された!! もう……犠牲は出したくない……!!』


 ボロボロと涙を流し、手を震わせながら訴えかけてきた。


 そうか……同じだなぁ。僕の妹とまるっきり同じことをしてるな、パルペブラ。

 アイツは何にも変わってないってない。僕も変わってないさ、お前に対する殺意は……!


『おにーちゃんがいなくなってから、あたし一人だっだ! 弟と妹を心配させたくないから、あたしがお姉ちゃんになるしかなかった! まだ……甘えてたかったのに……!!』

「ニンファ……」

『これ以上、あたしの家に近づけたくない……。だからもう、あたしは諦めて――』

「ニンファ!」

『っ……』


 このままでは、自己犠牲でこの国を救おうと彼女はするだろう。しかしそれは愚策だ。あのパルペブラがここまで欲しがる者を手に入れたら、何かしらの厄災を招くに決まっている。

 なんとしてもニンファを救い、奴の野望を消滅させる。


「今まで、よく頑張ってきた。あとは僕に、全部任せろ」

『――っ!?』


 ――ポンッ。


 その時、触れられないはずだったニンファの頭に手を置くことができた。


「僕には、僕のことを待ってくれる大切な人たちがたくさんいるから死ねない。というか、僕は死ねない体にされてるから大丈夫だ。……まぁ任せろって! 絶対帰ってくるってのも込めて、一言だけ言っとく。

 ――行ってくる」


 あの日の妹は学校に遅れると言って、まだ眠っている僕を起こさず、何も言わずに出て行った。それっきりだ。僕の目の前で殺される前には、もう既に言葉も喋れなくされていた。

 ニンファには、僕と同じ絶望をこれ以上味わって欲しくない。


『死んだらっ、絶対許さないんだからぁ!!!』


 溢れ出そうな殺意を必死に抑え、僕は部屋を後にした。



###



「師匠」

「……シアン」


 部屋から出ると、そこには体を小刻みに震わせるシアンの姿があった。


「どこに、行くんですか……」

「魔術をかけたやつを……倒しに行く」

「……ボクは、師匠に怒られたりすると興奮しますが、今の師匠は……あまりにも……」


 あー……そうか。シアンの核は僕の中にあるんだった。だから、ダイレクトに僕の感情が伝わってしまっているのか。

 にしても、心中ではありえないほどキレているらしいな、僕。


「シアン、悪いがニンファの護衛を頼む。ノクテムにも声をかけてくれ」

「ぼ、ボクも!」

「ダメだ。お前は勇者だから、手を汚させるわけにはいかない。……怖がらせて悪い。だが、お前たちが頼りなんだよ。これは命令だ、ニンファを守りきれ」

「……っ! ……はい、わかりました、師匠!! 必ずや成し遂げます!」


 組織のメンバーを鏖殺したらこの国で大問題になるだろうが、どうせ後で生き返らせることができる。問題なし。

 さて……では始めようか。パルペブラ=クリムゾンと、そいつ率いるリ・ダーク・プリズンとやらのお仲間さんを全員――


……!!!」


 ――殺戮のパレードの開始だ。



[あとがき]


アッシュがここまでキレるのは始めてかな?

最近エッとかラブコメな展開ばかりだったからね〜。たまには本気で無双するアッシュが見たいでしょう?


「耐えられない!」って人は、頑張って3-3章まで耐えよう。ギャグ路線にするつもりだからw

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