第32話

 〝魔王専属秘書〟。

 内容は普通に秘書となんら変わりない。スケジュールを作成したり、魔王様のサポートをしたり、事務仕事の手伝いをしたするなどなど……。

 四六時中側にいることは当たり前だ。


「ククッ、では行くぞアッシュ!」

「行くってどこにですか? まだスケジュールを何も確認してないんですが。着替えたばっかりなんですが!」

「そうカリカリするな」


 あの映像の事件の後、魔王様を適当に誤魔化すことに成功して早速仕事を始めることになった。

 秘書用の服として黒いスーツが手渡され、それに着替えた後に『行くぞ』とかなんとか言われたのだ。


「これが今日のスケジュールだ、確認しておくがよい。今日は我のサポートに徹してもらう。終わったらレポートを書いて提出を頼むぞ」

「随分ちゃんとしてるんですね、魔界って」

「やるべきことをやらなければ壊れるのは刹那のうちだからな」


 渡されたスケジュール表にざっと目を通す。

 午前は魔王都に新たに作られた店舗を数件視察。昼休憩を挟んだ後に四天王を集めて緊急ミーティング。夜は書類の整理……といった具合だ。


「ほら早くするのだアッシュ」

「はいはい、お待たせしました魔王様」


 城を飛び出し、早速新しく建てられた店の視察に行くことに。


 魔王様の半歩後ろでついていきながら王都を歩いていると、やはり目立つ。魔王の圧倒的オーラがひけらかされているからだ。

 しかし畏怖の念は感じず、どれも尊敬の念だけだ。良いトップということだろうな。


「おいアッシュ、なぜ半歩後ろを歩くのだ?」

「そりゃ僕は秘書ですし。後ろの方にいるのは必然ですし、臨機応変に対応できるからですよ」

「むぅ……。べ、別に横を歩いても良いと思うが? ほ、ほら、仲悪いみたいに思われちゃうだろう?」

「別に仲良く映っていなくても業務にさほど支障がないかと」

「むむむぅ……!」


 これが一番効率的な形だと思っているのだが、魔王様は何が不満なのだろうか。

 小動物のリスかのような頰をぷくっと膨らませて唸る魔王様。


「もう良い! これは魔王命令だ、我の隣を歩くのだっ!」

「えぇ……? なんでそこまで。別にいいですけど」

「っ……」


 言われた通り魔王様の横に並ぶと、彼女の体がピクッと揺れる。

 数十センチ離れて歩いていたのだが、魔王は一度深呼吸をすると、「えいっ!」という掛け声とともに肩をぴったりと合わせてきた。


「ま、魔王様……?」

「何も聞くでないっ! アッシュは歩くだけで良い」

「は、はぁ。さいですか」


 薔薇色の顔で、緊張と羞恥心と幸福が入り混じった顔をしている。

 これはあれだな……惚れられてるな。僕と試合したことで惚れられたのか? それだけで?


 魔王様の心情というか、他者の心の中を勝手に読み取るのは失礼に値するから、心の本音は分からぬままだ。


(ふへへ。わ、我もあの少女漫画のようなことができたぞっ! しかもこれから行く視察は男女に人気が出るだろうと噂されているところだ。よしっ、頑張ってアッシュにも我のことを好きになってもらおう!)


 しかしまぁ……最近会った女性の中ではずば抜けてピュアな気がする。

 シエルお嬢様は出会って数日で同衾、手にキス。イアは媚薬で子作り要求。シアンはドM……。シエルはまだマシだが、魔王様が綺麗に見える。


 片腕に感じる温もりを堪能しながらスケジュール表に目を通していると、件の店に到着したらしい。


「ここがその店ですか」

「うむ。どうやら投影魔術で巨大なスクリーンに映像を映し出す娯楽らしい。名前は決まっていないそうだぞ」

「……映画館では」


 まさか異世界こっちでも映画を見れるなんて思っていなかったな。地球ではよく学校の下校時に見ていたのが懐かしい。

 ……いや、待て。今日のスケジュールってなんか……。


・新設された店舗(映画館)の視察。

・食事処の調査。

・休憩時間(魔王様の買い物)。

・絶景スポットの安全調査。


「……うーん……」


 これは〝デート〟なのでは?



[あとがき]


ということで、魔王様とのデートです。

魔王様は多忙なので、デート後にホテルとかはいけないぞ(可能性を潰してゆく)。

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