第8話

 早速仕事が始まるらしく、他の騎士さんたちはビクビクと怯えている様子だった。そんなに恐ろしいじゃじゃ馬なのだろうか。


「じゃあアッシュとやら、今私はパジャマ姿よ。着替えさせなさい」

「……はぁ」

(ふふふ、少しでも触ったらお父様に言いつけるって言ってやって弱みを握ってやるわ。これで全員手駒にしてるしね)

「では」


 ――パチンッ。


「……はぇ?」


 僕は指パッチンをして魔術を展開させ、お嬢様が身につけているパジャマと部屋に置いてあった服と入れ替えた。お嬢様は呆然とした様子だったが、すぐに頬をぷくっと膨らませる。


「むぅ! じゃ、じゃあ次はお腹が空いたわ! 3分以内でめちゃくちゃ美味しいの作れなかったらお父様に言いつけ――」

「こちらをどうぞ」

「はれぇぇ!!?」


 机と椅子、そしてホカホカで豪華な料理を一瞬で出現させる。

 何が起こっているかわからず、ただただ驚愕しているお嬢様。全く自分の思うようにいかずにもどかしくなっている彼女を見るのは中々に面白い。


「むぐ……んぅ、おいしいぃ……」

「それは良かったです」


 【無限収納ストレージ】にあらかじめ収納していた机と椅子、そして非常食としてしまっていた料理を出したまでだ。この【無限収納】内では時間が止まっているため、出来立てホカホカの状態で出てきたというわけである。

 これしきの要求だったら難なくこなせるだろうな。


「むん! ご馳走さま! 次は暇になったわ!」

「こちらをどうぞ」

「……何これ?」


 渡したのは『輪転動りんてんどうスミッチ』というゲーム機だ。魔術の研究中、誤爆して異世界地球に転移した時に買っといたものだ。あそこは帰るのが惜しくなるくらい楽しかったなぁ。

 ある程度の操作方法を教えて手渡すと、黙々とゲームをやり始める。大まかな内容はお嬢様を暇させないようにさせる仕事らしいので、これで一件落着。


「あ、あのお嬢様をいとも容易く遇らうとは……!」

「これがアッシュ君の力か。是非とも就職してほしい」

「流石ね! じゃあ私は要らなくなったから退職してもいいのよね!?」


 仕事に魔術を応用させれば驚くほど効率的になる。そして仕事はいずれ、単純になる。つまらないったらありゃしない。

 それに比べて魔術は良い。終わりが見えないが、やり甲斐もある。まるで果てなき亜空を探求しているようなワクワク感がある。

 だから仕事はあまりしたくない。ずっと研究をしていたいのだ。


「あくまで3日間ですからね。覚えといてくださいよ、先輩方」

「「「……はぁい……」」」

「…………」


 適度に休憩を取らせながらもそれで時間を潰した。昼ごはん、運動、風呂、夜ご飯などなどを無事にこなし、すっかり夜も更けてきた。しかし、今日一日の間で両親を一度も見かけない。

 せいぜいメイドや執事などのお世話係。放任主義なのかわからないが、愛ある子育てとは全く思えなかった。


「アッシュー! クリアしたわよ!」

「おぉ、早いですねお嬢様」


 寝る前のラストゲームをしている本人は楽しそうだが、大丈夫なのだろうか。


「お嬢様、差し出がましいかもしれないですが……寂しくないのですか?」

「え?」

「いや、今日1日見ていたところ、ご両親やご兄妹は見受けられませんでしたし……」

「……ふふっ、あははっ! アッシュは面白いのね」

「……?」


 何もボケていないが何が面白かったのだろうか。


「私の周りの者は皆ビクビクと怯えているのよ、私にね。でもアッシュは違うのね」

「別に、ただの世間知らずなだけですよ」

「そういうことにしとくわ。……それで、さっきの質問に答えるけれど、寂しくないわよ。お母様とお父様は忙しくて会えないけど、ちゃんと愛してくれてるってわかるから。それに、みんなもいてくれるし」

「……さいで」


 ギュッと手を強く握るお嬢様。

 ……あー。騎士たちやメイドたちの弱みを握りたいのは、離れて欲しくないから、とかか? 可愛いところあるな。


「ふわぁ……。なんだか眠くなってきたわ」

「ゲームのしすぎで身も疲れてるのでは? 今日はもう休みましょう」

「うん……。ねぇ、アッシュ」

「はい?」

「あなたは居なくなるの……?」

「……はい、まぁ」


 強気な言葉を発し続けていたお嬢様だが、少しか細い声になってそう問いかけてきた。


「……寝るまで、隣にいてくるないかしら……」

「……はぁ。お言葉ですがお嬢様、僕らは出会って初日ですよ。すぐ絆されて気を許すのは……」

「私ね、目がいいからそういうことわかるのよ。だから、お願い」


 魔眼……いや、真反対の聖眼の持ち主か。瞳の違和感はそれを持っていたからみたいだな。

 聖眼の持ち主だからと言って、王様の娘と苗字のない平民なんかを深夜に二人っきりにするのはいいのだろうか。そんな葛藤があったが、ウルウルとした彼女の瞳に免じて、僕は目を瞑ることにした。


「…………。やれやれ、仕方のないお嬢様だ。先輩たちが手を焼くのがよくわかる」

「な、なによ! わがままで悪かったわね!!」

「僕の昔話とかでいいですか? えーっと、ざっと100年くらい前でしたかね」

「え、待って。アッシュって何歳なのよ」

「…………。僕が辺境の地に住んでいた時ですけど」

「答えなさいよーっ!」


 その後、お嬢様が寝落ちするまで僕の昔話を話し続けた。

 スースーと寝息が聞こえて立ち上がろうとしたのだが、服の裾を掴まれて動けなくなる。穏やかな寝息の横で僕は浅いため息を吐いて腕を組む。致し方がなく、僕もそのまま眠りについた。

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