第44話
少し遅くなってしまった。そして、ちょっとだけ興奮して疲れた。
母さんはまだ帰っていないだろうから、今日は手早くシチューを作ろう。
スーパーに寄って安くなっているじゃがいもと玉ねぎ、にんじん、豚肉をカゴに入れる。ルウはどのメーカーのものがいいのか。
棚の前に立ち、ひとつひとつ見てみるが味の想像さえつかない。またそのうち作るだろうし、片っ端から試してみようと、適当に一つカゴに放り込む。
ルウのパッケージにあるシチューの絵なり写真なりを見ると、緑色の野菜が入っている。じゃがいもと玉ねぎ、にんじんの他になにか入れたほうが、彩りが良さそうだ。
ブロッコリーがいいか、グリーンピースがいいか。今日は少し手を抜きたい。明日の朝もシチューでいいから、グリーンピースにしよう。そう思って、缶詰をカゴに入れる。すると、マッシュルームの缶詰が目に入った。これを入れるのも美味しそうだけど・・・・・・節約しよう。
シチューにも牛乳を入れたほうが味はまろやかになるのだろうか。ちょっと試してみようと思って牛乳を買う。経済に余裕があるって素晴らしい。
結構混んでいた。スーパーのレジ係の人も忙しそうに懸命にレジを打っている。
なんとなく親近感。絶対に、途中で返品したり文句を言ったりするのはやめよう。
会計を済ませると、「いつもありがとうございます」と言ってサッカー台で袋に詰める。
家について玄関の鍵を開ける。
ふと――。
物音が二階からしている。誰かいる。鼓動が速くなった。空き巣でも入ったか。早く帰ってきた母さんがなにかしているのだろうか。いや、母さんの部屋は一階にあるのだ。
時計に目をやる。午後七時半。ずっと午後十一時以降に帰ってきた母さんが今日に限ってこんなに早く帰ってくるのは考えにくい。
どうしよう。どうしよう。リビングに入ると静かに荷物を置く。
本当に、どうする? なにか武器になりそうなものを目で探る。
キッチン下の棚を開け、包丁入れに入っていた包丁を取り出す。
これを持って――
俺、人を殺すの? 母さんが帰ってきたあと俺が人殺しになっていたら嫌だ。
二階からガタゴトガタゴト激しく音を建てているのが聞こえてくる。心臓が喉から飛び出てきそうだ。いつ一階に降りてくるかわからない。
屈強な奴だったらどうしよう。
そうだ。スタンガン。確かスタンガンがリビングの引き出しにあったはずだ。母さんがなにかあったときのためにと買っておいたやつだ。もう三年くらい見てないけれど。
早く早く。テレビ台の横にある引き出しを探る。ふるびだ黒い、オーソドックスなスタンガンが見えた。スイッチを押すと、青い電光が見える。あとは携帯。俺は咄嗟に百十を押し、いつでも発信できるようにしておいた。そうして足音を立てずに二階へ行く。
物音がするのは使われていない部屋だ。ただ、そんなところに金品など置いていない。
ならば空き巣は他の部屋も物色しようと絶対にドアを開ける。テレビドラマの刑事のように部屋のすぐ横にある壁に貼りつく。どうせ鉢合わせする可能性のほうが高いのだ。
空き巣を捕まえなくては。
物音が止んだ。右ポケットにスタンガン、左手に百十を入力したままの携帯を持ち、
勢いよく扉を開けた。
「誰だ!」
空き巣は振り返る。そして驚いたように目を見開いた。
「陸か?」
なんだこの空き巣、俺の名を知っているのか。
そう思い睨みをきかせようとして――力が抜けた。
「父さん?」
そこには、老けた父さんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます