第41話


卵料理も目玉焼きではなくなにか作れないだろうか。


朝は卵を前にそんなことを思う。オムライス風にしてみるのはどうだろう。


ケチャップと玉ねぎを混ぜたご飯に、半熟にした卵を包み込む。サラダは昨日頂いた惣菜にして、準備に取りかかった。炊けたご飯に、みじん切りにした玉ねぎを混ぜて炒める。弁当は全部冷凍食品だから同時に温める。それから卵をうっすらとフライパンに敷き、炒め合わせたご飯を卵の真ん中に乗せて・・・・・・見切り発車で作ったものの、どう包めばいいのだろう。達人はフライパンを揺すって卵をひっくり返す。俺にもできるだろか。


「ていっ」


フライパンを派手に動かし、卵で中身を包もうとした。


「あああっ」


失敗して、炒め合わせたご飯の半分がコンロの奥に飛び出てしまった。


ダメだこりゃ。具材を半分無駄にしてしまった。


「もったいない。あああ、もったいない」


母さんがやって来て頭の抱えている俺を見ると、噴き出した。


「難しいのよねえ、卵で包むのって」

「母さんはできる?」

「できない」


即答する。今度蓮にコツを教えて貰おう。きっと上手くできる日が来るはずだ。


俺は具材のちゃんと揃っているものを箸でなんとか包んで白い皿に盛り母に渡した。


卵はぐちゃぐちゃになっている。


「いいの、これもらって」

「うん」


俺は具材の半分に減ったオムライス風料理を食べることにした。


サラダを多めに食べれば、まぁ、腹は満たされる。


「あんたがこっちの量の多いやつ食べたら?」

「いいよ。母さんにまた倒れられたら困るんだ」

「そう?」


母さんは申し訳なさそうに、スプーンで食べ始める。


「なんか陸って料理修業をしているみたい」

「半分はそうだよ。でも料理を作るのって楽しいね」

「料理ができるようになると後々困らないわよ。ポイントも高いし」

「ポイントってなに。俺の頭の中には駅ビルのポイントカードが過ぎったよ」


言うと母さんは笑った。


「モテるポイントのことよ」


そういえば俺はモテない。


まあ顔も冴えないし、中学の時はぼっちだったのだからモテるはずもないのだが。


弁当を母さんに渡すと、見送り十分ほどで支度をして戸締まりをしっかりする。


学校へ行き教室へ入ると、狭山さんに声をかけられた。


「野本君ちょっと」

「どうしたの」

「ちょっと廊下まで来て」


狭山さんは真面目な顔をしている。ただでさえ色気があるのに真顔で呼び出されると、少し鼓動が速くなってしまう。


母さんの「ポイント高い」の言葉にちょっと意識してしまう。まさか、な。 


「今日、放課後暇、だよね。バイトある?」

「今日はないよ」

「じゃあ、午後五時に、調理室へ来てくれる?」


これはそのまさか、ではないだろう。どう考えても。そして急に不安になった。


「えっ、もしかして実はみんな俺のこと気に入らなくてリンチ?」


言ってみると、狭山さんは慌てて首を振る。


「そんなんじゃないって」


中学生の時、一人の女子に呼び出されて指定された場所に行ってみると男女数人に囲まれたことがあった。白米弁当であることをみんなで笑われ、蹴られたりどつかれたりして鞄を投げられた。勉強だけできたのが更に気にいらなかったのだろう。


時々過去の傷が疼くのだ。


「調理室って。部活じゃないけど一年四組料理部はまだ再開してないよね?」

「うん。でもそこに用があるから。時間になったら携帯にメールするね」


そう言って狭山さんはそそくさと教室へ戻っていく。


用ってなんだろう。しかも調理室。料理のことなら蓮に聞くはずだし、俺はまだ作れるレパートリーも少ないし。それに五時って大分遅い時間だ。


学校は三時過ぎに終わるから、二時間近く待つことになる。


葵ちゃんに勉強をどう教えようかなぁと考えているうちに、午前の授業が終わり、午後の授業も終わった。蓮とは相変わらず一緒に昼食を食べている。


今日の弁当は冷凍シューマイだったけれど、蓮には冷凍食品ばかりに頼るなよと言われているのを忘れて、再び注意を受けてしまった。


放課後になると、クラスの子は一斉に出て行き、俺を含めた三人だけが残った。


なんだか静かだ。午後五時までどうやって時間を潰していようか。


図書室へ行きレシピ本を借りると、教室へ戻ってパラパラとめくる。オムレツやオムライスをちゃんと作れるようになりたいし、もっとレパートリーを増やしたい。


揚げ物も作れるようになりたい。あとは味。いい味を知るには、どこかのレストランにでも行って食べて、学んだほうがいいのかもしれない。


「なあ、野本」

 

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