第40話


佐伯さんのレジ打ちをしているときに客の影を感じていたけれど店にはほとんどクラスの子たちであふれかえっている。なんだなんだ? 


俺は戸惑いながらもみんなを見回した。


「びっくりした? みんなで野本君のお店に行こうって約束したんだ」

「え。今日渡辺君がおかしかったのってそれ?」

「え? なにかおかしかった?」


みんなで口裏合わせてここへ来ることが、朝のあの合図だったのだろうか。


他のお客さんが来てしまったので、聞けずにいた。伊藤さんと佐伯さんが「頑張ってね」と言って去って行く。お客さんの会計が終わると、一気にうちのクラスの子たちがレジに並んだ。


「わー、なんだかすごいな」


クラスメイトの顔がずらりと並んでいる。


「この店、旨そうなのばかりじゃん」


青木君がレジに並ぶ。上のお寿司を四つも買ってくれた。


「家族で食べるの」

「そう。うち四人家族だから」

箸の数を聞くと四膳と答える。

「ありがとうございました」


会計を終わらせて、お辞儀をする。


「かしこまっちゃって」

「仕事なんだから仕方がないだろ。次」


青木君が去っていく。きっとみんな外で待って、なにかを話して帰るに違いない。


「売り上げ貢献に来たよん」


潮崎さんだ。


揚げ物とサラダをカゴ一杯に買っている。


「ありがとうございます。まさかみんな来るとは思ってもみなかった」


俺は口と手を動かす。潮崎さんはスキャンした先から袋に商品を詰めていく。


「みんなで行こうっていう言い出しっぺは私。野本君の働いているところも一度見てみたくて。制服、可愛いじゃん」

「うん。俺もここの制服は気に入っている」


次。狭山さん。なんだかみんな、高いものや、高くなくてもたくさん買ってくれている。手と口をずっと動かす。店長や三木さん、吉村さんも、不思議そうな顔で俺を見てくるが、答えている暇はない。横長君、竹中君、渡辺君、菊池さん、狭山さん、羽鳥さん・・・・・・。他の全てのクラスの子たちが、なにか二言三言話しては、去っていく。


一息つくと、レジの前にカゴが置かれた。


見ると蓮だった。髪を黒に戻した葵ちゃんと一緒にいる。


「蓮も来てくれたんだ」

「もちろん」

「いらっしゃいませ」


俺はバーコードをスキャンする。6Pチーズにウィンナー、マグロの唐揚げ、イカの揚げ物、春雨サラダにきんぴらごぼう。


「マグロの唐揚げって食べたことなくて」

「味見させて貰ったけどなかなかだよ」

「イカは葵が食べたいって言ったんだ」

「そうなの」

「うん、イカの揚げ物は葵が好きなんよ」

「確かに癖になりそうだよね」


会計を言い渡すと、蓮もお金を払う。


そして客が誰もいないことを確認すると、こそっと言った。


「葵がお前に話があるって」

「えっ、なに」 


次のお客が来そうな気配だ。葵ちゃんは察したのか、言った。


「あの、終わるまで待っていていいですか」

「うん、いいけど、遅くなるよ」

「大丈夫です。お兄と一緒に待っていますので」


蓮を見る。大丈夫、と言う表情で頷いた。


「わかった。じゃあ、裏口で待っていて。わかりやすいところにあるから」


簡潔に裏口の場所を伝えると、葵ちゃんは頷き、蓮と一緒に出て行く。


クラスの子たちに仕事を見られるのは気まずかったけれど、みんなの顔を見ただけでも励まされたような気がする。お客は、次から次へと絶え間なく来た。そうして、地獄の割引とタイムセールを乗り切ってバイトが終わる。


照明が薄暗くなった。


店長が売り上げを集計し終えた後、「おお」と言った。


「今日の売り上げはすごいぞ。昨日の二倍だ」

「よかったですね」

「今日来ていた学生の子って、みんな野本君の同級生?」

 

三木さんが訊ねる。


「クラスメイトですよ。クラス全員来てくれました」

「売り上げ伸びたのそれが原因だな」

「多分そうでしょうね」

「毎日来てくれるとありがたいんだが」


店長は冗談っぽく言う。


「流石に無理ですよ」


でも、こういう日のバイトも悪くない。俺にとってはいい思い出の一コマになる。


「みんなと仲いいんだな」

「はい。とてもいいんです」


自然と笑みがこぼれた。一年四組は最高のクラスだ。


「大事にしろよ。高校生活なんてあっという間だからな」

 

聞くと、少し切なく感じられた。でも、今を大切にしなくちゃ。


レジも忙しいけど、初めての頃よりは慣れた。たまに打ち間違えて店長に報告するときはあるけれど。コロッケとサラダをいくつか貰ってあがると、制服に着替えて従業員専用通路から裏口へと出る。


蓮と葵ちゃんが待っていた。


「ここでずっと待っていたの」

「いんや。葵が見たいとこ見たり、カフェに入ったりして時間を潰していた」

「何時間も待っていて大変だったでしょ」

「そうでもないよ。結構あっという間だった」


俺たちは人通りの少ない脇に移動する。


「それで、葵ちゃん、俺になんの用かな。どこか店に入りたいけど生憎しまっちゃっているし・・・・・・」

「ここでいいよ」


蓮が言った。俺はまた前のように少し屈み、目を合わせる。


すると蓮の後ろにいた葵ちゃんがのそのそと出てきた。


「あの。この前はありがとうございました」

「大したことはしてないよ」

「野本さんはお兄と仲がよくて、頭もいいって聞きました」


だから頭、よくないんだけど。蓮を見ると、肩をすくめた。


「都合のいい日でいいので、勉強教えてくれませんか。私、結局いじめられていてすごく悔しくて。勉強で見返せたらなって。レベルの高い高校へ行きたいんです。ほんと、難関校と言われるくらいのところに」

「ということは、学校の勉強だけじゃなくて受験勉強も見てくれってこと?」


葵ちゃんは頷く。


「お兄は料理はともかく、勉強を教えるのがあまり上手くないから」

「はっきり言うなよ」


蓮は笑いながら葵ちゃんの頭を軽く叩く。


「わかった。いいよ。でも土曜と、平日一日くらいしか時間は取れないかな」

「それでいいです。よろしくお願いします」


葵ちゃんは礼儀正しく頭を下げた。


「こんな頼みだけど、引き受けてくれるか? バイトがあるのに少し悪い気もしている。なんなら家庭教師として、家庭教師代も払うって親も言っている」

「それこそいらないよ。構わないよ。勉強を教えるくらい」


恩はちゃんと返さなくちゃ。


「蓮も見ようか?」

「あー、確かに既に勉強についていけてない。この前の小テストも散々」

「わかった、じゃあ蓮のも一緒に見たる」

「サンキュ」


葵ちゃんは必死な瞳で言う。


「じゃあ、来週からどうですか。まだ心の整理がついていないので、今週は心身共に休むことにしているんです」

「わかった。じゃあ来週の、土曜からでどう」

「はい。はい! ありがとうございます」


嬉しそうに笑う。そういえば、俺も中学のクラスメイトと誰一人同じところへ行くのが嫌で、クラスの誰も受験しないような、偏差値の高い高校を受けたのだ。


いじめられていて勉強しかすることがなかったし、それだけが取り柄だった。気持ちがよくわかる。


「楽しみにしているよ」


葵ちゃんが、幸福になれますように。


そう思って俺は蓮たちと別れた。


そういえば、人に勉強を教えたことはない。どうやって教えよう。


俺の使っていたボロボロの参考書、あげてもいいかなぁ。

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