第39話
学校へ行くとクラスがざわついていた。
「どうしたの」
近くにいた渡辺君に聞く。渡辺君は俺以外の周囲と目を合わせ、こくりと頷く。
なんだ、今なんか俺抜きで知らぬ合図したのか?
「一年四組料理部再開の声が強く望まれているところ」
なんだかなにも訊ねるなという渡辺君の雰囲気がすごかったので聞くのは憚られた。
「そっか」
心なしか声が細くなる。まさかいじめ? 仲間はずれ? そんな不安が過ぎるが、このクラスに限ってそんなことはないと強く信じたい。
「おー、ちょっともう少しだけ待ってくれ」
蓮がみんなにそう言っている。きっと、蓮の家庭も今大変なのかもしれない。
「おはよう」
「よっ」
蓮はいつもどおり手を挙げる。
「葵ちゃんの様子はどう」
「ん。友達だったというあの二人、かなり悪質な嫌がらせを始めているみたいで、机に中傷するようなことが書かれていたってさ」
「学校へは行ってないんだよね? なんでわかるの」
「クラスメイトが教えてくれたって。ネット上で葵への悪口も始まったらしい」
「そっか。なんでこういうことってなくならないんだろうなぁ」
「だな・・・・・・本人は勉強はしたいみたいだけど、今は家で休んでいる」
蓮はあの日の夜、葵ちゃんに手料理を振る舞ったのだろう。その時だけはきっと、心安まったはずだ。
「というわけで、一年四組料理部の再開はもう少し待ってくれ」
「いつでも楽しみにして待っているよ」
席についた。授業は教師の言っていることが余談や豆知識を除けば全てわかる。
学校が終わるとバイト前に本屋へ寄り、化学と数学の参考書と二年の教科書を買った。
うちの高校二年生がどのような教科書を使っているか通りすがりの上級生が使っていたのを見てわかっていたし、この春や初夏の時期は、行きつけの本屋で教科書が売っているのだ。方針が変わらない限りは、来年も上級生と同じものを使うだろう。
「おはようございます」
ゼックに着くと、休憩室にいた人たちに挨拶をする。相模店長と結衣さんと三木さん、吉村さんがいたが、俺は恥ずかしいのをこらえて制服に着替える。
「そういえば奥村さん、どうなりました?」
前田さんがいなかったので、三木さんに尋ねた。
「聞いた話だと、しばらくお休みですって。心折れて辞めないといいんだけど」
やっぱりそうか。あの泣きそうな顔を見て心配している。
「休みは仕方がないけど辞められると困るんだよなぁ」
店長が頭を掻き、困惑したように言った。
「店長、来たらあんまり厳しいことは言わずみんなでフォローすればいいですよ」
吉村さんがそう言った。店長はそのつもりだと頷く。
俺は今日もレジに回ることになった。
種類の違う商品券を一度に出されると、未だにパニクるし、店長が予想外の割引を突然言い出すこともあるし、七時からは今日も戦場だな。そんなことを思いながら、まだ少ないお客のレジ打ちを担当する。
レシートの替え方もこの前前田さんに教わったけれど、客が長蛇の列をなしているときに変えるのは気持ちが急いて至難の業だ。待てない客の怒号が飛ぶと、たまに震えあがりそうになる。
仕事とは、理不尽に耐えるもの。なのだろうか。
でも冷静に。冷静に。
お客が数人入ってきた。
「いらっしゃいませ」
いらっしゃいませの他に、「らっしゃいらっしゃい今日は、○○が安いですよいかがですか」みたいな声がけも、このフロアにいるときにするように言われているのだ。だが恥ずかしくてなかなか大声が出せない。
再びお客。あれ。うちの制服だ。よく見ると、伊藤さんと佐伯さんだ。
そういえば今度お店に来ると言っていたっけ。今日だなんて聞いていない。急に恥ずかしくなってきた。伊藤さんと佐伯さんはお店の中を見て回っている。そうして三木さんになにか言うとコロッケを貰っていた。しばらくして、レジに来る。
「来たよ。いいお店だね」
「うん。ありがとう。いらっしゃいませ」
俺はコロッケにサラダ、鉄火巻きに丼の入ったカゴをスキャンしていく。
「お会計九百八十七円になります。お箸は必要ですか」
「いえ、いりません」
「かしこまりました」
なんだか照れくさい。伊藤さんは千円を差し出す。
お釣りを渡すと今度は佐伯さんの番になった。
佐伯さんは揚げ物をたくさん買っている。
会計を言い渡してお金を貰いお釣りを返し――。
「あれぇ」
思わずそんな声を出していた。
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