第35話
朝は切った野菜に蓮から貰ったコンビーフをマヨネーズであえ、皿に乗せる。
それからお弁当作りだ。
ご飯は昨晩お米をといでタイマーにかけたのでもう炊けている。古く真四角なお弁当箱も棚の奥から取り出し洗っておいた。
スーパーで買ったチーズ乗せミニハンバーグをレンジに入れて温める。ブロッコリーと輪切りにしたにんじんを別の鍋で茹で、アルミカップに小分けする。アルミカップも棚の奥のほうに入っていた、かなり古いものだけれど使えそうだったので使う。
茹でた野菜には味がついていないのでマヨネーズをかけておく。
オレンジに緑。これだけで結構見栄えがよくなる。
あとはご飯。冷まして、母さんの分には梅干しを真ん中に置く。
「これ、あんたが作ったの?」
弁当箱の中身を見て母さんが言う。
「ハンバーグは冷凍食品だけどね」
それでも嬉しかったらしく、かなり喜んでいた。
「毎日白米弁当じゃ母さんも流石に辛いだろ」
それに俺だけ毎日、蓮の手作り弁当を食べているのも気が引けていたのだ。
「ありがとう。息子の成長に、なんだかこみ上げてくるものがあるわ」
母さんは朝ご飯も美味しそうに食べる。この無意識の笑顔を見られるだけでも、安心できる。十分ほどで平らげると、お弁当箱を持って会社へ行く。
変わらない毎日だけれど、食は変わった。ご飯と味噌汁と小魚だけだった日々が嘘のようだ。
学校へ行っても蓮の姿はなかった。
担任から休みと聞き、クラスのみんなで心配していた。葵ちゃんも大丈夫だろうか。
蓮のためにノートを取っておくことにして、学校が終わるとバイトへ向かう。
ゴールデンウィーク中に店長は結構多くの人と面接をしたようで、新しく入った人が見えた。フライヤー前に一人、レジに佐々木さんと見知らぬ女性がいる。揚げ物を担当している女性とレジに立っている女性は大学生だという。俺と違う曜日に、新しいパートの人も入っているようだ。
俺は三木さんと吉村さんの三人で揚げ物売り場に立つ。お客に言われたとおりフードパックに詰めてシールを出す。まだちょっと苦手だ。だが、揚げ物のショーケースがある場所が、一番店を見渡しやすい。
人手不足も解消されたのか、結衣さんが寿司の厨房から出てくると、大きく伸びをして「お疲れ様」と言ってやって来た。
「おはようございます。そしてお疲れ様です」
「新しく人が入ってくれたから、定時に帰れるよ」
「よかったですね」
今日は店長が休みで、前田さんが新しく入った人に色々と教えている。
お客の相手を何人かしているうちに、結衣さんが私服に着替えて「お先」と言って帰っていった。夫婦で店にいるってどんな感じなのだろう。
二人が九時までいる日は一緒に帰っていたみたいだけれど、結衣さんは基本朝の八時から五時までだから、先に帰ってご飯の用意でもしているのだろうか。そんな妄想をする。それぞれに、家庭がある。
不意に、フライヤーのほうから大きな悲鳴が上がった。なんだ? すぐに見に行く。すると、女性が熱した油を大量にこぼして、右手全体に火傷を負っていた。
「すぐに冷やさないと」
だが、近くに水道がない。ああ、結衣さんがもう少し遅くまでいてくれたら。そんなことを思っていても仕方がない。フライヤーは電気式だから大惨事にならなくてよかった。
鍋の火も止まっている。
三木さんと吉村さん、前田さんに伝え、寿司を作る厨房へと連れて行った。
そこの水道で手を当てる。
「すみません、すみません。私、不注意で・・・・・・」
右手を水で流すが、どんどん赤く膨れ上がっている。女性は今にも泣きそうだ。
「奥村さん、大丈夫? 様子どう」
しばらくして前田さんがやって来る。
「結構な火傷だと思います」
前田さんは赤く膨れ上がった右手を見てああ、と言った。
「これは危ないね。奥村さん、保険証持っている?」
「はい。財布に入れています」
「この近くに総合病院の皮膚科があるから、行って。予約なくても受け付けてくれるから。野本君、付き添ってあげて」
「え、でも仕事は」
「これも野本君の仕事のうちにしておく」
前田さんは病院までの地図を書いて俺に渡す。
「佐々木君にフライヤー教えるから。多いんだよね、あそこで火傷」
前田さんは笑って腕を見せた。大きく黒い火傷の痕がある。確かにフライヤー付近は、滑りやすく通路も狭い。いつか怪我人が出そうとは思っていたけれど、本当に出るとは。
「前なんか点検に来た業者の人がそのまま滑って片腕ドボン」
「それ、大丈夫だったんですか」
「まだそんなに熱くなかったから軽傷で済んだよ」
前田さん笑い話にしているが、その業者の人も災難だったな。
「行きます」
一旦着替えて奥村さんに付き添うことにした。
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