第34話


蓮は一歩前に踏み出る。


「ごめん、一方的に、頭ごなしに怒ったりして。でも俺も親もおまえが変わってしまってすごく心配していたんだ」

「うん・・・・・・だからこんなこと、本当にやりたくなかった」

「ならもとに戻ろう」

「でも。こうしてなきゃいじめられる」

「もういじめられているようなもんだろう? あの友達から離れろ」

「離れたらどうなるかわからないよ。どんな酷い目に遭わされるか」


 伊藤さんが葵ちゃんを離し、代わりに蓮が頭を撫でた。


「一人で悩んで、どうすればいいかわからなかっただけなんだな。俺、葵に反抗期が来たのかと思ったよ」

「違うよ」

「じゃあ、もとの葵に戻ろう」

「・・・・・・うん」

「家に帰るか」


蓮も腰をかがめた。


「帰る・・・・・・帰りたい。眠りたいしお兄の作ったご飯が食べたい。食べたいよぉ」


葵ちゃんは大声で泣く。


「よし。帰ったら好きなものなんでも作ったる。父さんと母さんのフォローもしたる。だから家に一緒に帰ろう。そこでよく眠れ」


葵ちゃんは指で涙を拭く。蓮が手を差し出すと、二人は手を繋いだ。


「みんな迷惑をかけた。妹を探してくれてどうもありがとう」

「気にするなよ。いつか川島が言っただろ。俺たちは友達なんだから助け合うのが当たり前だって。俺も同意見だよ」


渡辺君が蓮の背中を叩く。蓮は少し泣きそうな顔をして俯く。


「このくらい、いくらでも力になるよ。とにかく見つかってよかった」


俺も笑顔で言った。ゴールデンウィーク中も妹のことで不安になっていたのではないだろうか。そんな中で、ロールキャベツを作りにわざわざ来てくれたのだ。


「これからはなんでも話してよ。そうしてくれたら俺も・・・・・・俺たちも嬉しい」


そうだそうだ、と声が聞こえる。


「ありがとう・・・・・・」


蓮は落ち着いた調子で言うと、葵ちゃんの手をひいた。


「じゃあ、俺は帰る」

「私たちも帰ろっか」


狭山さんが明るく言った。そうだね、と言ってみんなで駅まで向かう。


駅に着いてからは、方向の同じ子たちが集まって、一緒に帰っていた。俺も伊藤さんと同じ電車になったので、なんとか話題をふった。


「伊藤さんはいつからカラオケ店でバイト始めたの」

「野本君のバイトが決まった一週間後だよ。一度やってみたかったんだ」

「今更だけどおめでとう。好きなの、カラオケ」


実はカラオケには一度も行ったことはないのだけれど、それは秘密。


「うん。歌が好きと言うよりも、カラオケのお店の雰囲気がね」

「そうなんだ。でもここだと家から遠くない?」

「家から近いと顔が割れちゃうし」

「なんか顔知られるとまずいの」


前は一緒に帰るのは恥ずかしいと言っていたのに、今は自然に話ができている。


「ご近所さんの噂とかが嫌で」

「なるほど。仕事には慣れた?」

「まだあまり慣れていない。野本君のほうこそどうなの」

「俺もまだ。ミスばかりしているよ」

「そういうもんだよねえ」


そんなバイトの話をしつつ、伊藤さんと途中で別れ、スーパーに寄る。


かんぱちのお茶漬け、一度食べてみたい。今度蓮に作り方を聞いてみよう。


俺は家に帰ると、肉なし肉じゃがと味噌汁を作って母さんの帰りを待った。


蓮からメールが来ている。


『ごめん。明日、俺休むわ。今週も料理部、できないと思う』


葵ちゃんのことで、家族と話し合っているのだろう。


『わかった、無理しないで家族と話しつつゆっくり休んで』


母から貰ったお金も、まだ残っていた。


よし、これで冷凍食品を買いに行こう。もうあと数日後にはバイト代も入る。 


立ち上がると、再びスーパーへ寄った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る