第33話
「お兄(にい)」
「あんた誰?」
男性の一人が言った。
「高梨葵の兄ですが? あなたたちは大学生ですか」
「そうだよ」
やっぱり大学生だ。
「妹を連れ返しに来ました。邪魔しないで下さい」
葵ちゃんを除く二人の女子中学生はひそひそとなにか話し合っていた。
「はいはい、どうぞご自由に。俺たちは話し相手をしているだけだから」
大学生の一人が余裕の笑顔で言った。ちゃんと理性で頭を働かせているのだろう。
「来い、葵」
奥の窓際の席に座っていた葵ちゃんの手を蓮は握る。
「ちょ、ちょっと」
握った手を無理に引っ張るので残り二人の女子中学生を葵ちゃんは踏みつけてしまう形になった。
「帰ろう。出るぞ」
葵ちゃんはよろよろしながら引っ張られていく。
「葵!」
中学生の一人が叫ぶ。振り返ると、「ほらよ」とスマホを投げつけていた。
葵ちゃんは蓮の手を振り切り、慌ててスマホを拾い上げる。俺たちはすぐに彼女を囲
んだ。ファミレスから出ると見つかってよかったと呟く他のクラスメイトと合流して、裏路地に入った。
蓮は葵ちゃんを正面に向かせる。
「お前、今までどこでなにをしていたんだ! 父さんと母さんを心配させやがって」
聞いたこともない蓮の怒鳴り声が響く。葵ちゃんはビクッと肩を震わせた。
「見つかったからよかったようなものの、これからどうするつもりだったんだ。今までどこに泊まっていたんだ。そんな格好するの、やめろと前にも言っただろ」
蓮は葵ちゃんを責め立てる。
だめだ。ここで怒鳴っては葵ちゃんが萎縮してしまう。なにか事情がある。そのような目を葵ちゃんはしている。
俺は蓮の肩を強く掴んだ。蓮は俺を見てなにかを察したのか黙りこむ。
同級生から「ほらよ」とスマホを投げ返されていた。多分、多分だけど、学校での人間関係が上手くいっていない可能性がある。訊ねてみよう。
「俺は蓮の友人で、野本陸と言います。まずはこうなった事情を説明してくれないかな」
腰をかがめて目線を合わせることにした。葵ちゃんは俯いたまま随分長いこと黙っていた。女子たちが時々優しく励ます。すると、ぽつりと語り出した。
「私だって本当はこんなことしたくない・・・・・・」
「どういう意味かな」
「小学校の時から仲のよかった友達が、中二になってからどんどん変わっていったの。お化粧をするようになるし、髪は金色に染めるし。教師に怒られてもガン飛ばすだけで。それで私をだんだん下に見るようになってきて、この金色の髪も強制されたの。このままじゃいじめられると思って、服も仕草も化粧も、慌ててあわせるようにしたんだよ」
葵ちゃんは涙を流し始めた。
「でも私が髪を染めたらお兄は理由も聞かずに怒り出すし、それで言い合いになるし、家の居心地も悪くなるし。誰にも相談できなかった」
蓮が遅刻ギリギリでやって来て、お弁当が冷凍食品だったときか。
「大学生とはどうして知り合ったの」
「楓が・・・・・・友達が、大学生と付き合ってみたいとか言い始めて、学校の帰りに色々な大学へ行っては積極的に逆ナンしていた。ほとんど相手にされなかったけど、相手にしてきたのがさっきので・・・・・・」
葵ちゃんは肩を震わせている。俺は一度振り返りみんなの様子を見た。女子たちは口元に人差し指を当てる。まだなにも言うな、ということだろう。
「こわ。怖かったよ。大学生は時々じっと舐め回すように見てくるし。でも、楓たちに逆らえなかった・・・・・・逆らうとなにをされるかわからない雰囲気だったから。だから大人しく従っていた。学校が終わると大学生と会って、喫茶店やファミレスで喋って、ゲーセンやカラオケに行って、それでまた、朝まで違うファミレスに行っていた。朝は戻って学校行って、終わるとこの街に遊びに来て・・・・・・」
ずっと泣いている。なんだか可哀想になってきた。俺も中学時代は散々だったけれど、女子のグループというのはもっと陰湿なものなのだろう。
多分グループからハブられたら生きていけないと思い込んでしまうのかもしれない。俺も万年ぼっちだったけれど、ぼっちであるからこそ気が楽な側面もあった。
「私、三日間ほとんど寝てないんだよ。お風呂も入っていないし着替えもろくにしてない。お兄に助けを求めようとしたけど、楓にスマホ取り上げられていたんだ」
葵ちゃんは震える手でスマホを取り出す。投げ返されていた衝撃で、画面が割れていた。
これは、半ばいじめが始まっていないか。
「じゃあ、蓮からのLINEに『うるせー、黙れ』って返信したのは?」
「美咲だよ。もう一人の友達。二人は私のスマホを取り上げて好きに使っていたの。小学生の時はあんな子たちじゃなかったのに。あの子たちがいたから、安心して中学にも入れたのに。変わっちゃったんだよ・・・・・・」
うううっ、と顔を覆い葵ちゃんは本格的に泣き始めた。きっと、信頼していた友達が変わってショックだった上に、無理にしたくないことをさせられて辛かったのだ。
断ればいじめが待っているし、友達にあわせればあわせるほど家族との摩擦も生まれてしまった。
「辛かったね、よく頑張ったよ」
伊藤さんが言って、葵ちゃんを抱きしめた。そうせずにはいられないという勢いだ。
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