第32話
「三日も? 連絡は? 警察には言った?」
狭山さんが訊ねる。
「連絡はあるから警察にはまだ相談していないんだけど最終的にはって両親と話している。最近派手になってきて露出の高い服とかも着ていて、髪も染めているんだ。化粧もしているし、よくない友達と付き合っているのかもしれない」
「連絡はなんて?」
俺が言うと、蓮はスマホのLINEを見せた。日付は昨日になっている。
『どこにいるんだ? 両親も心配しているぞ。早く帰ってこい』
『うるせー、黙れ』
「えっ、妹さんからの返事、これだけ」
集団で円を囲っているせいか、学校帰りの他の生徒たちがちらちらとこちらを見ながら通り過ぎていく。
「そうなんよ」
「三日も帰ってこないんじゃ誰だって心配になるよね」
佐伯さんが言った。
「妹さんは名前なんていうの? 学年も教えて。写真はある」
福井さんが質問をする。流石学級委員だけあって、要領を得ている。
「名前は葵。中学二年。写真は去年のクリスマスの時に撮ったものだけど・・・・・・」
スマホには、サンタのコスプレをした葵ちゃんが映し出されていた。あどけない顔立ちに、肩までの黒髪を垂らしている。おでこが広く、少しだけ蓮に似ている。
「ちょっといい?」
伊藤さんがスマホを奪い取り、じっと見つめている。
「この子、多分だけど、カラオケ店で見たことがある。私も実はカラオケ店でバイト始めたんだけど・・・・・・」
「いつ、どこで見た?」
蓮の声は緊迫している。
「一昨日くらいだよ。髪を金色に染めていたけど、間違いない。同級生くらいの女の子二人と大人の男性が複数人一緒にいて、うちの店に来た」
えええっ、と声が上がる。ほとんど接点のなかった渡辺君が言った。
「JCと大人の男性が交際してんの? 流石にありえなくね? 罪になるっしょ」
「交際というよりも、ただ飲み食いしてカラオケ行く程度の遊びだと思うけど・・・・・・」
伊藤さんはスマホを蓮に返す。
「その複数の男性って何歳くらいなの」
「二十歳前後に見えたけど」
「若くてもロリコンとかいるからね。手を出さないとも限らないし」
福井さんが冷静に言う。
「どこに泊まっているのかな。まさか・・・・・・」
俺が言いかけると、場がとても嫌な空気に包まれた。あ。言うんじゃなかった。
ものすごく後悔する。俺は咳払いをして言った。
「とにかく葵ちゃんを探そう。どこにいるか見当がつきそうな人はいる」
「こういう子たちって同じこと繰り返すべ。カラオケ行ってファミレス辺りでだべっているんじゃね? あとはゲーセンとか。俺たちが遊ぶようなところと、中学生が遊びそうなところってそう変わらないだろ。大人の遊び場は知らんけど・・・・・・」
青木君が言った。
「じゃあとりあえず、伊藤さんがバイトしているカラオケ店の付近に出没するのかな。行ってみようか」
俺が言うと、伊藤さんが案内すると言って先頭を歩いた。
さっきから蓮は一言も話さない。余程葵ちゃんのことが心配なのだろう。電車を乗り継ぎ、伊藤さんがバイトしているというところの最寄り駅に着く。
俺や伊藤さんが住んでいる路線とは全く異なる場所だ。家からなら電車を使って三十分はかかる。駅前には大きな商業施設があり、人通りも多い。
「どうする?」
菊池さんが言った。
「とりあえず、手分けして探そう。伊藤さんと何人かの子はカラオケ店を張ってみて。あとはこの辺のファミレスか喫茶店をくまなく当たってみよう」
福井さんが指示を出す。みんな頷き、俺は佐伯さん、横長君、長谷川君と一緒になって街を歩くことにした。
中学生が大人の男性と遊ぶ。でも中学生といったらまだ自分のテリトリーから広く動かないはずだ。ならば、葵ちゃんの中学付近という可能性もあるだろうか。それとも今の中学生は違うのか?
中学生が大人の若い男性とどうやって知り合うのだろう。誰かからの紹介だろうか。
「ねえ、葵ちゃんは地元の中学付近にいるっていう可能性もないかな」
横長君が言った。蓮はその可能性もあると頷く。
「じゃあ、数グループは葵ちゃんの中学付近に行く?」
福井さんが言う。俺は首を振った。
「まず漏れがないように徹底的にこの街を探したほうがいいよ。それで見つからなかったら、日を改めて、別れて探そう」
「うん、そうだね」
伊藤さん、竹中君、潮崎さんはカラオケ店。蓮は小林君、青木君、菊池さんと一緒だ。
他も何人かのグループに分かれて、手分けして探すことになった。
時刻は午後四時過ぎ。
「ファミレスならもう少し遅い時間に来そうだね」
言うと、佐伯さんも頷いた。
「先に喫茶店とゲーセンを回ろう」
ゲームセンターはこの駅周辺に三つあった。くまなく探してみるがどこにもいない。次に目につく喫茶店をひとつひとつ探してみる。
ドアを開くたび店員が出てくるので、葵ちゃんの特徴や一緒にいる人達のことを伝えるが、「そのようなお客様は来ておりません」と言われる。中に入らずなにも頼まないので内心では店員に申し訳なく思うが、どこにもいない。他のクラスメイトたちと横長君が連絡を取っているが、まだ見つからないそうだ。
「今日中に見つかるかな。渋谷とか新宿とか池袋とか、そういう場所に行っている可能性もあるじゃん?」
横長君が不安げに俺を見る。バイト先の大学生達を思い出した。どことなく気楽さがある。社会人ならばこんな時間に遊ばないだろうし、一緒にいる男性はフリーターという可能性もあるけれど、佐々木さんは精神的な余裕はないと言っていた。
時間的余裕も、精神的余裕もあるとしたらやはり大学生のほうが可能性は高い。それとも無職の遊び人か。
「この近くに大学ってあるかな」
「一駅先に、大学が二つあったはず。遊べるとしたらこっちの駅のほうが可能性は高い。ゲーセンとカラオケが密集しているから」
佐伯さんが言った。似たような場所や、何度か同じ場所を探している間に、午後六時を過ぎた。空も紅く染まりだしている。
「まだ探していないところは・・・・・・」
裏路地。人通りが少ないような場所。俺たちはそこを重点的に探すことにした。
駅から少し歩いた路地の外れに、ファミレスがひとつあった。
外から覗いてみると――。
「いた!」
叫んでいた。窓際の席に、派手な格好をした中学生と思われる子が三人、大人の男性が四人ほどいた。
「あれそうだよね?」
中学生は三人とも金髪に染めているが、その中に葵ちゃんらしき人物がいる。髪をツインテールにしているが、写真と同じくおでこが広い。
俺は女性の洞察力を信じて、佐伯さんに確かめて貰った。
「間違いないと思う」
横長くんも、多分そうだと言い切る。長谷川君が早速蓮に連絡を取る。俺も、別れたグループのいくつかに、メールを入れた。
「どうしようか」
佐伯さんが訊ねる。
「とりあえず蓮が来るまで待とう。動くようなら後をつけよう」
「そうだね」
俺たちは歩道を渡り、怪しまれないように遠くから葵ちゃんたちの様子をうかがうことにした。お喋りは弾んでいるのか、四人の男性も、中学生たちも、楽しそうに笑っている。ただ、よく見ていると葵ちゃんは笑顔になりながらも時々真顔になっている。この調子だと、しばらくはファミレスから出て行く様子はない。
しばらくして蓮が駆けつけてきた。俺は居場所を教える。すると蓮はすぐにファミレスの中へと入っていく。俺と佐伯さん、福井さん、渡辺君もつられたようにあとをついて行く。係員が出てきたが、無視して通り過ぎると、少し戸惑っている様子だった。
ごめんなさい。俺は心の中でそう言う。蓮は、葵ちゃんのいるボックス席の前に立った。葵ちゃんは蓮に気づくと目を見開く。
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