第29話
「まずはキャベツを水で洗おう」
「おう」
蓮の持って来たキャベツ一玉は、みずみずしい緑だ。きっと、新鮮なものを選ぶ眼力もあるのだろう。言われたとおり芯の部分から一枚ずつ丁寧に剥がし、キャベツを洗うと色が変わらない程度に茹でるよう指示される。
色具合は蓮が見てくれた。
菜箸で鍋からあげて芯を取り、ペーパータオルで水気を取る。
「多分、野菜をみじん切りにして挽肉とこねるんだよね」
ロールキャベツの全体像を思い出しながら、そう推察する。
「そうそう。玉ねぎは必須。椎茸なんかも入れると上手いぞ」
蓮は玉ねぎと椎茸、にんじんを用意する。
「にんじんすりおろしてくれるか? 俺は玉ねぎをみじん切りにする。レンジ借りるぞ」
「オッケー」
玉ねぎは、俺が涙を流してしまうから蓮は気を遣ってのことだろうと思った。
にんじんをピーラーで剥くと、テーブルに移り、皿を用意しおろし器でシャカシャカと音を立てながらすりおろしていく。
レンジが音を立てると、蓮は包丁を濡らし、玉ねぎをみじん切りにしていく。包丁の音が一定のリズムで小気味よく聞こえてくる。
部活じゃないけど一年四組料理部で、蓮は指示を出して時々様子を見て手伝いに来るだけだったので、本格的に作るところを初めて見る。
料理人を目指しているというだけあって、流石に手慣れていた。沈黙が流れているが、全然嫌な沈黙じゃなかった。むしろ無言の連帯感すらある。
椎茸もみじん切りにすると、蓮は玉ねぎと混ぜてバターで炒め始めた。
「ああ、いいねえ」
「なにが」
「ムニエルの時もそうだったけど、バターでなにか焼くときの匂いって香ばしくて好きなんだ。食欲をかき立てられるというか、なんか、美味しそうってワクワクしてくる」
蓮は振り返り笑った。
「確かになぁ、バターはいい香りするよな。ところでボウルはある?」
「ああ、うちそういうのない。どんぶりか鍋で代替えしようか」
「鍋のほうがやりやすいかな」
大ぶりの鍋を用意した。蓮は結構な量の挽肉を鍋に入れる。それから冷ました玉ねぎと椎茸、すりおろしたにんじんを入れると、卵とニンニク、塩こしょうを混ぜた。
「こねてみ?」
「おう」
手を突っ込む。ぐにゃぐにゃとした感触が気持ち悪いが、餃子でもそうだった。ロールキャベツは餃子の作り方から更にレベルアップしたものだろうか。ハンバーグも多分、似たような手順で作るのだろう。バイト代が入ったら、ハンバーグを作ってみようか。
こね終えると、肉の塊を六等分にして、蓮の指示どおり広げたキャベツに包み巻いていく。簡単なようで意外に難しい。下手するとキャベツが破れそうになる。
「ベーコンで真ん中あたり巻いて、楊枝で刺して」
用事を食器棚から取り出し、言われたとおりにする。
「じゃあ味を調えつつ煮ようか」
俺はもう一つ大ぶりの鍋を用意し、水を入れて火にかける。その間に蓮は、固形のスープや塩、こしょうを入れて貸した皿で味を見ている。
「先に味を調えるの」
「最初と最後」
「ほう」
しばらくすると水が沸騰したので、まだ固めのロールキャベツを入れて蓋をする。
「どのくらい煮るの」
「三十分ほど」
言って蓮は椅子に座った。
「じゃあ、時間あるね。なんか飲む?」
「ああ、欲しいな」
緑茶を淹れて、蓮と向き合うように座った。おやつもあればよかったけれど、生憎そういうものは買っていない。蓮は少し惚けている。
「疲れた?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「今日もありがとう。嬉しいよ。玉ねぎを切るときの包丁さばき、すごかったけど家でどのくらい作っているの」
そういえば蓮のこと、まだあまり知らない。この機会に色々と話を聞いてみよう。
「ほとんど毎日、料理は俺が作っているかな」
時間があるときは、カレーはルウを使わず一から作り、一日煮込むそうだ。鶏ガラを使う料理もスープの素を使用せず、本格的な鶏ガラを使い三時間かけて作るらしい。
「親が料理人なの?」
「父は普通のサラリーマンだよ。母はパートをしているかな」
意外な答え。
「じゃあ、料理人を目指そうとしたきっかけは?」
訊ねると蓮はゆっくりとお茶を飲み、息を漏らした。なんだか言い辛そうにしている。
「あ、言いたくなければ別にいいけど」
「・・・・・・小二の頃にな、たまに休んでいる子がいたんよ。男子な。そいつが休んだ日、俺日直でしかも家が近くだったから、先生から言われてプリントを家まで届けに行った。そうしたら、そのクラスメイトが泣きながら、俺に助けを求めるように家から出てきたんよ」
なんだか話が深刻そうだ。俺は黙って続きを待った。
「家にあがらせて貰うと、そいつの四歳の妹がうつ伏せに倒れたまま動いていなかった。両親はいなかった。七歳の俺でもすぐになにかあったと分かった。いつから倒れていると聞いたら、一時間くらい前から動かなくなったって。その時は周りの大人を呼んで対処して貰ったけど・・・・・・あとで知った話ではそいつの妹餓死していたんだ。最後の言葉が『おなかすいたよ』だったって」
「餓死?」
俺は思わず声をあげていた。
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