第25話


放課後になると、俺と蓮を含めた十三人が調理室へと大移動した。


広瀬先生もやって来ると、調理室の後ろの隅に座る。蓮は教壇に立つ。


「カレーはすごく簡単でルウを変えれば、シチューもハヤシライスも作れるから、覚えておいて」

「はーい」


みんな口を揃えて返事をする。


「じゃ、作り方を説明する。肉は塩こしょうを振って置いておくー」

「置いておくー」

「ジャガイモ、にんじん、玉ねぎを切るー」

「切るー」

「肉と野菜を炒め玉ねぎがしなってきたら、水を入れて煮込み、ジャガイモが箸で刺せるくらいになったらルウを入れる。それだけ」

「イエッサー!」


冷蔵庫からみんな野菜や肉やルウを持ち、作業に取りかかった。まずは一合ずつ持って来た米をといで炊飯器に入れスイッチを押す。


「えっと、どうしようか」


髪をサイドにまとめ、白いシュシュで結っている狭山さんが言った。


俺は今日も出入り口付近の調理台を使っている。


「私と小寺君が持って来た肉に味付けよう」


菊池さんが言い、カレー用のブロック肉を銀色のトレイに置いて塩とこしょうを振った。


「で。ええっと。次に、野菜洗おう」

「うん。なら私が洗うね」


狭山さんは野菜を洗い始める。


「じゃあ、私がにんじん切るから、小寺君はジャガイモ、野本君は玉ねぎ切ろっか」


菊池さんが指示を出す。


「狭山さんと菊池さん、カレー作ったことあるの」

「実は初めてだけど・・・・・・なんとなく作り方知っているから」


言ったのは菊池さん。狭山さんは中学の課外授業で作ったことがあるそうだ。


流石に女子はこういうときの手際がいいなと思う。


「じゃあ菊池さんか狭山さんの指示に従うよ。小寺君もそれでいいかな」

「おいっす」


小寺君は頷き、包丁を取り出す。それを見て早速俺は玉ねぎの皮を剥く。ピザトーストを作ったときもそうだったけれど、玉ねぎの皮はなかなか綺麗に剥けない。


皮どころか中身まで取れてしまう。まぁ、胃袋に入っちゃえば同じだ。菊池さんはにんじんを一口大の乱切りにしていた。


なんとか皮を剥くと、薄く切るように心がける。が。


「ヤバい、泣く」


目に染みて、涙があふれ出てきた。


「俺、悲しくないのに泣いているよ。やべえ」


言うと小寺君が笑った。狭山さんが慌ててキッチンペーパーを渡す。


「ありがとう。そういえば玉ねぎが目に染みない方法があったはずなんだけど、なんだっけ」


「おっと言い忘れていた。玉ねぎはレンジで一分くらい加熱してから包丁に水をつけると染みないー」


蓮の声が調理室に響く。


「高梨、早く言えーっ」


既に玉ねぎで涙を流している子たちから叫び声が上がった。もう半分まで切ってしまったから仕方がない。俺は涙を流しながら全て切ると、ザルにあけた。


「あー。まだ涙出てくる」


俺はキッチンペーパーで涙を拭き、染みた目がおさまるのを待つ。


小寺君もジャガイモが切れたようだ。


「小寺君、切るの上手いね」

「そうか?」


ジャガイモが食べやすそうなサイズで均等に切られていた。


「うん、上手いよ。切り方綺麗」

「照れるじゃねえか、辞めろよ」


わざとらしくそう言う。菊池さんが、炒めようと言い始めたので、鍋に油を敷き、豚肉を入れる。お。なんか油と豚肉の混ざったいい香りがしてきた。


「肉は色が変わってから、野菜入れよう」


ほとんど菊池さんが動いている。だが俺も懸命にその動作を覚えるようにした。


野菜を入れて混ぜ合わせ玉ねぎがしなってくると、鍋に半分以上水を入れて、蓋をする。


「これで煮ればいいのか。結構待ちそうだね」


菊池さんが言い、ふと他のグループからどよめきが湧いた。


「え。おま。お前、カレーにピーマン入れんの?」


机を挟んだ、斜め向かいの調理台からそんな声が上がる。


「えっ? 普通じゃない?」

「カレーにピーマン入れねーベ?」

「でも持って来ちゃったし」

「ピーマンカレー、一応あるぞ。わりと美味いぞ」


蓮が言うと、更にどよめきが広がる。マジかよ? そんな声が聞こえてくる。


結局斜め前のグループは、ピーマンを入れることにしたらしい。


玉ねぎとじゃがいも、にんじん以外にもなにか入れてもいいのか。キノコ類なんかも入れてみたい。


三十分近くして鍋がぐつぐつと音を立て始めた。


狭山さんが菜箸でじゃがいもの様子を見ている。


「あ、もう刺せるよ」


じゃがいもが刺せるグループも出てきたようだ。


蓮はそれを把握したのか言った。


「いい感じになってきたら一旦火を止めてルウを入れて」


はい、とみんなは口々に言う。そしてトン、という音が調理台から聞こえた。


みんなその音を注目する。どうやら蓮が調理台に牛乳を置いたようだ。


「ルウを溶かしたら、牛乳を入れるとまろやかになるぞ。入れたい奴は入れろー」


隠し味だ! そんな声が聞こえてくる。みんな積極的にワイワイと作っている様子がなんだかとても大切な時間に感じられる。


「狭山さんはどんなルウを持って来たの」


訊ねると、「じゃーん」と言って二種類のカレー粉を見せた。


「うちはいつもブレンドだから、それ持って来たよ」

「へー、ブレンド」

「勝手に中辛にしちゃったけどいいかな」

「大丈夫っす」


小寺君が頷き、狭山さんは二種類のルウを入れてお玉で溶かしている。


「あ、じゃあ私牛乳貰ってくるね」


菊池さんが蓮となにか話し牛乳をとってくると、言った。


「牛乳を入れるときも一旦火を止めて、鍋一周分ぐらいがちょうどいいらしい・・・・・・ていうかそれが高梨風だって」

「ルウ、溶けたよ」


見ると、限りなく黒い焦げ茶色だ。あちらこちらからカレーのスパイシーな香りが漂ってきて、お腹が鳴りそうになる。


「じゃ、牛乳入れるね」


菊池さんが牛乳を鍋一周分入れる。それから火をつけ、狭山さんがおたまでかき混ぜると、確かに色が薄くなった。


「ちょっと触らせて」


おたまを借りてかき混ぜてみる。滑らかだ。この感触を覚えておこう。


炊飯器もまた音を立てた。


「じゃあ、できた人から食べてー」


何人かの子たちが机に座る。


「私たちも器に盛ったら行こう」


狭山さんが言う。俺はすかさず、調理台の下に備え付けられた棚から白い食器を出した。四人でご飯をよそいに行く。そして皿にカレーをかける。


「結構余るなぁ」


小寺君が言うので鍋の中を見てみた。


確かに四人分作った割にはまだ結構な量余っている。


俺たちも椅子に座って、カレーを食べることにした。


「頂きまっす」


白米と一緒に一口食べる。ピリッとしたカレーの味が口の中に広がった。


「ブレンドいいね」

「でしょう」


狭山さんは笑う。カレーはいつから食べていないだろう。中学の時に二度くらいは食べた気がする。母さんの作るカレーはにんじんが変な形に切られていて、スパイシー感はなかった。うちは甘口を使っていたのだろうか。


今日食べているのは、胃にちょうどよい重みで響く味だ。作る人によって味が変わる。それもそうか。カレー粉が違うのだから。


四人で話をしながら、胃袋が満たされていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る