第22話

日曜の朝は六時半に起きて、味噌汁を作り、ツナにマヨネーズを混ぜて、サラダと一緒に出す。


蓮のレシピに書かれていたものだ。ツナがメインの朝ご飯。少し工夫するだけで、大分ご飯も豪勢に見えてくる。


支度をすると、バイトへ向かった。


店名と名前を言って、従業員専用入り口から、地下へ降りゼックの休憩室に行く。


店長は既に来ていたが、前田さんの姿がない。佐倉さんはスポーツ紙を読んでいる。


「おはようございます。あれ、前田さんは」

「午後からラストまで。交代なの」

「この前は二人ともラストまでいましたよね」

「俺が残業したのよ」

「じゃあ相模店長は、今日は五時までなんですか」

「今日も残業はあるかな」

「ここって残業代は出るのですか」


思わず言っていた。


「出るよ。なんでそんなこと訊くの」

「いや。母の仕事が残業代でなくて」

「あー、そりゃブラックだね」


さっさと着替えることにした。やっぱり恥ずかしい。着替えたあとで、女性が四人ほどやって来る。結衣さんと三木さん。他二人は見たことがない。二人とも二十代くらいだ。一人は髪をお団子にしている。もう一人は可愛い系のショート。


「初めまして。金曜から新しく入りました、野本と申します」


俺は挨拶をすることにした。お団子のほうの女性がお辞儀をする。


「初めまして。七辻といいます。大学二年生です」

「私も同じく大学二年。百田と申します」


お辞儀をする。


二人とも土日に来る、戦力だと相模店長は言った。二分前にタイムカードを押す。


「おはようございます」


休憩所の遠くから声が聞こえてきた。店長が来てというのでついて行くと、店の外に俺の身長よりも高いワゴンを四つ業者の人が運んできた。既にできているサラダや、ウィンナー、チーズ、刺身のブロック、恐らくお米が入っているであろう入れ物などが大量に置かれている。


「これ、並べるんですか」

「並べるのはパートの人たちにやって貰う。君はこの、酢飯の入った青い入れ物を寿司の厨房に持っていって。今日はお寿司を作って貰うから」

「はい」


酢飯の入った入れ物が、かなり大きく持ってみると結構重い。三十キロくらいはあるだろうか。ひぃ。これが六箱もある。佐倉さんはいつの間にか厨房に入り、なにか作業を始めていた。俺は重い入れ物を落とさないように厨房へ持っていく。


佐倉さんがドアを開け、引き受けてくれた。


「まだまだあります」

「頑張って」


流石業務用。あと五箱持っていくと、少し体力を消耗した。でも頑張ろう。


早速厨房に入った。狭く、横に長い厨房だ。


酢飯の入った入れ物の三箱は、厨房の左奥に置かれていた。なにか機械がある。


サラダを並べ終えた結衣さんと七辻さんがやって来る。


「寿司は三人から四人で作るんだよ」


結衣さんが言う。七辻さんが左奥に行った。


「七辻さんは機械で太巻きを作るの。早いんだよね」

「じゃあ、俺は」

「にぎり寿司作り。まず酢飯をしゃり機に入れて」


結衣さんはしゃり機に酢飯を入れてスイッチを押す。するとどんどんしゃりが作られていき、手早くトレイに並べていく、


「トレイに乗せたらこのしゃりを使って、お寿司、この写真の通り作ってくれる?」


見ると壁に写真があり、特上、上、並、に別れていた。小さな文字でネタが書かれている。


「並から作って。寿司の容器は反対側の棚にあって・・・・・・」


振り返ると棚がある。そこには寿司容器が並べられており、並と上、特上の入れ物に別れていた。並は小さめの容器。一列ごとに草の形をした緑色のバランを乗せるそうだ。


「さあやってみよう。ビニール手袋をしてこれをまず五パック作って。レッツゴー」


結衣さんは明るく言ってネタを乗せた銀色のトレイを持ってくる。寿司容器を並べている台の下は冷蔵庫になっているようだ。佐倉さんはそこからネタを出し入れしている。


ネタは綺麗にさばかれている。流石板前。


俺はビニール手袋をはめ、写真を見ながら、しゃりにネタをひとつずつ乗せ、容器の中に置いていく。


少し斜めに乗せるのがコツのようだ。結衣さんは「上」を作っており、流石に早い。俺は写真をひとつひとつ確認しながら、慎重にネタを乗せる。赤身、サーモン、エビ。バラン。ホタテ、イカ、甘エビ・・・・・・。甘エビは細く刻んだ海苔で巻く。


注意力が散漫になると、全体の形が崩れる。それに、バランを忘れないようにするのに必死だ。初めて作った「並」のパックはお世辞にも綺麗とは言えない状態で並んでいる。


「あの、これでいいでしょうか」


結衣さんに尋ねる。


「もう少し整えようか」


言うと結衣さんは均等に寿司を傾けていく。醤油とわさび、ガリを添えて五パックに蓋をすると、「並」のシールをつけ、佐倉さんの近くにある機械から値段と賞味期限の書かれたバーコードを取り出し、貼ることを教わる。


「じゃあ、この五パックと、私の作った上を並べてきて」

「はい」


両手で持ちきれない。多分このまま無理に持っていこうとするとひっくり返す。店にあったカゴを借りることにして、できた寿司を入れ、寿司置き場へ持っていく。


並の置き場は確か、一番右側、上が中央だった。金曜、レジはとても大変だったけれど、暇な時間帯にどんなものがどこにあるのかを大体把握しておいた。積み重ねて並べて、また並の寿司を五パック作る。


「太巻きも、鉄火巻き、ねぎとろ巻き二十本ずつできました。並べてきます」


七辻さんはカゴに太巻きを入れている。


「よろしくね」


結衣さんが笑顔で言った。本当に大量の太巻きがある。お店が開く前に、太巻きは、鉄火巻き、ねぎとろ、かんぴょう巻き、納豆巻きの四種類を二十パックずつ、寿司「並」「上」「特上」を二十パックずつ作るのが目標だと言われる。


一昨日貰った寿司も、このように作られていたのかと感心する。


俺はまた厨房で「並」の寿司を作る。七辻さんは厨房を出ると、五分もしないうちに戻ってくる。


「あ。そうだ。ひとつ店長に提案があったんだ」


佐倉さんは呟いた。


「どうしたんですか」 


手を動かしながら、結衣さんが訊ねる。


「昨日余ったマグロのネタなんだけど、揚げて貰おうかと思って」

「あれ、余ったものは捨てるんじゃないんですか」


俺は思わず訊ねていた。


「ネタに関しては俺が一任されているんだ。色がよくて捨てるのはもったいないから」

「そうだったんですか」

「ちょっと店長に言ってくる」


佐倉さんは厨房から出て行ってしまった。そうしている間にも七辻さんはかんぴょう巻きを作り、俺は寿司を作る。ふと見ると、かんぴょうが恐ろしい数、七辻さんの隣にあった。流石に商売となると量がすごい。


「マグロの唐揚げ、店に出すって」


佐倉さんが戻ってきて、そう言った。


「えー、マグロの唐揚げなんて食べたことがないです。どんな味がするんだろう」

「結構旨いぞ」


寿司も、二度目には既に綺麗に並べられた。


「お、飲み込みが早いね。もうコツ掴んだんだ」

「コツというか・・・・・・まあ、はい」


見えない線の上に並べると思えば、わりと簡単だった。


「じゃあ、あと並十パックお願い。私は特上も作るから」

「はい」


できると、外に行き新しく作ったものを下に置いて、古くなったものを上にする。そして厨房に戻ってまた作る。重ねられた寿司容器がぴったりとくっついているので、一枚一枚剥がすのも一苦労だ。


佐倉さんが戻ってきた。トレイに小麦粉で揚げられたマグロがある。


「マグロ、揚がったぞ。味見してみて」

「え、味見OKなんですか。嬉しい。超食べたい」


言葉に出していた。それに反応して、みんな笑う。


「野本君、すっごい素直」


七辻さんが言った。一度手を止め、みんなで集まって揚げマグロを食べる。


「あれ、なんか鶏肉の唐揚げに近い。あっさりしているのと弾力のなさでちょっと違うけど」


「醤油で味ついているからね。で、どう? 店長からはOK出ているけど売れそう?」

「売れる味だと思いますよ」


結衣さんが言う。


「よし、じゃあたくさん切って揚げて貰うか」


佐倉さんは張り切ってマグロを切っている。


「かんぴょう巻きもあがりました」


言って、七辻さんは並べに行く。


厨房で寿司を作ることは、なんだか楽しかった。手を動かしながら、佐倉さんや結衣さん、七辻さんで他愛のない話をしているせいだろうか。結衣さんは前田さんと同じ年で、二十三の時に職場恋愛で結婚したのだという。だからこの店の勝手もよくわかっているそうで、指示を出す役目になっているのだとか。


店が開店となり、客が入ってきた。太巻きも寿司も飛ぶように売れていく。こんな朝早くから寿司を買う人もいるのだと驚く。この調子だと、昼はどのくらい売れるのだろう。


「さあ、どんどん作ろう。佐倉さん、サーモンお願いします」

「はいよ」


軍艦巻きの作り方も教わる。しゃりに海苔を巻いていくらやウニを乗せるだけだが、海苔がパリパリしているので巻いても剥がれてしまう。お米にくっつけるのがコツだとか。


和やかな空気が流れていく。そして時間が経つのが早く感じられた。寿司作りに集中していると、もう十二時を回っていた。ここに来て四時間も経ったのか。


「野本君、終わりそう?」


今は「特上」を作っている。ネタが多くて大変だけどなんとかできあがりそうだ。


「はい。あと三貫入れてお店に並べたら終わりです」

「じゃあ、それ終わったら休憩入っていいよ」

「ありがとうございます」


休憩は交代で取るらしい。パックに蓋をし、シールとバーコードを貼って外に並べた。


これで、休憩いっていいのか? ああでも、挨拶くらいはしなくちゃな。


厨房に戻り、声をかける。


「じゃあ休憩に入らせて頂きますね」


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