第20話

思わず駆け出していた。


家の周囲も門灯をつけないので灯りがなく暗い。思わず溜息をつきたくなるのをこらえて、鍵を開けた。電気をつけ、手を洗う。また十一時過ぎに母さんが帰ってくる。


「ああ、今日は早く帰れると思ったのに遅くなっちゃったわ」

「母さん、無理するなよ。倒れたばかりなんだから」


思わず怒ったように言ってしまった。


「うん、大丈夫よ」


その大丈夫を信じて大丈夫じゃなかったんだ。でも、無理するなといくら俺が言ったところで、母さんが無理をすることはわかっている。


無理したくなくても、会社で酷使されてしまうのは変わらないのだろう。こんな時間まで働かせて残業代が出ないのはどう考えてもおかしい。こういうのって、どこかに相談できないのかなぁ。できてもなにも変わらないのだろうなぁ。


母さんが手洗いを済ませると、俺は気持ちを切り替えることにして笑顔で言った。


「ねえ、バイト先でお寿司貰ってきた」


袋から取り出す。


「まぁ、すごい。特上ですって。せっかくだし、頂きましょうか。ありがたいわね」

「本当に、ありがたかった」


母さんは緑茶を淹れ、小皿と醤油を用意した。わさびはパックに備え付けてあったものを使うことにした。


頂きますといってトロを一口食べる。身が柔らかく舌ですぐに溶ける。


「バイトはどうだった」


優しい声で、母さんは微笑む。


「うん、まだ全然慣れない」

「そりゃそうね、一日目だもの」


トロ、ホタテ、甘エビ、サーモン、イカ、ネギトロ、いくら、ウニ、赤貝他。


どれも身がぷりぷりっとして、箸が止まらない。


「レジって難しいんだね。本当、忙しかった」

「ああいうとこって結構忙しいのよね。お客さんの対応もあるし。怒鳴る人いたでしょ」

「いたいた」

「レジ係に怒鳴る人って必ずいるのよね。カスハラよ、カスハラ」 



本当、色々な人がいたなぁ。母さんとは他愛のない話をする。こんな風に時間を持てたのも久しぶりだ。だが、父さんのことは失踪してからほとんど話さない。


母さんのほうにも連絡は全然ないようだけれど、本音のところどう思っているのだろう。切り出そうにも、疲れを溜めさせないように気を遣ってしまい話せずにいる。


「明日、休みだよね」

「ええ、呼び出しさえなければ土日は休み」

「じゃあ、料理は俺が作るからゆっくり休んで」

「はーい。それにしてもあんた、臭いわよ。どうしたの」

「ああ、惣菜屋の油の匂いが染みちゃったみたい」


服、洗わなくちゃ。


先にお風呂に入らせて貰うことにした。体を綺麗に洗うと臭いも取れる。

 

母さんは風呂に入ると、髪を乾かしてすぐに寝てしまった。

 

さて、明日はなにを作ろうか。

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